・・・ れいの軟弱外交である。小犬は、たちまち私の内心畏怖の情を見抜き、それにつけこみ、ずうずうしくもそれから、ずるずる私の家に住みこんでしまった。そうしてこの犬は、三月、四月、五月、六、七、八、そろそろ秋風吹きはじめてきた現在にいたるまで、・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・霧の如く白雨の脚が軟弱な稲を蹴返し蹴返し迫って来た。田甫を渡って文造はひた走りに走った。夕立がどっと来た。黄褐色の濁水が滾々として押し流された。更に強く更に烈しく打ちつける雨が其氾濫せる水の上に無数の口を開かしめる。忙しく泡を飛ばして其無数・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・――Kはその軟弱な意志のゆえに Aesthet として生きている。彼は他の世界にはいろうとしてつまずく。そうして常に官能の世界に帰って来る。しかしそこでも彼は落ちつくことができない。彼は絶えず自分を嘲っている。彼は Aesthet として徹・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫