昭和十年八月四日の朝、信州軽井沢千が滝グリーンホテルの三階の食堂で朝食を食って、それからあの見晴らしのいい露台に出てゆっくり休息するつもりで煙草に点火したとたんに、なんだかけたたましい爆音が聞こえた。「ドカン、ドカドカ、ド・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
・・・ その後軽井沢に避暑している友人の手紙の中に、彼地でランプを売っている店を見たと云ってわざわざ知らせてくれた。また郷里へ注文して取寄せてやろうかと云ってくれる人もあった。しかしせっかく遠方から取寄せても、それが私の要求に応じるもので・・・ 寺田寅彦 「石油ランプ」
・・・しかし、日本へ来ている西洋人が夏は好んで浴衣を着たり、ワイシャツ一つで軽井沢の町を歩いたりすることだけを考えても、和服が決して不合理なものばかりでないということの証拠がほかにもいろいろ捜せば見つかりそうに思われる。しかしおかしい事には日本の・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・日本には軽井沢があり、印度にはダージーリンがあり、アメリカには、ロッキーがあった。「人間どもは、何だって、暑い暑いとぬかしながら、暑い処にコビリついているんだ。みんな足をとられてやがる。女房子に足をとられたり、ガツガツした胃袋に足をとら・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・菅笠や草鞋を買うて用意を整えて上野の汽車に乗り込んだ。軽井沢に一泊して善光寺に参詣してそれから伏見山まで来て一泊した。これは松本街道なのである。翌日猿が馬場という峠にかかって来ると、何にしろ呼吸病にかかっている余には苦しい事いうまでもない。・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・ 刈稲もふじも一つに日暮れけり 韮山をかなたとばかり晩靄の間に眺めて村々の小道小道に人と馬と打ちまじりて帰り行く頃次の駅までは何里ありやと尋ぬれば軽井沢とてなお、三、四里はありぬべしという。疲れたる膝栗毛に鞭打ちてひた急ぎにいそ・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・ 緑郎が今軽井沢の演奏会からかえって来ました。外国のひとが主に聴いたが、リズムのはっきりしたものが外国人には分ると云っていた、これは面白い点ですね。机の上には寒暖計があり。只今八十度強です。私は仕事部屋に、寒暖計だの湿度計だの磁石だのよ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・慶子という少女の青春の美をめぐって軽井沢風景の間に描かれる作者の幻想の世界から、最後に作者自身が飛び出し、「信念のないロマンチストは皆ファンティジストに過ぎず、信念のないリアリストは皆センチメンタリストに過ぎぬ」と結び、それによって逆効果を・・・ 宮本百合子 「十月の文芸時評」
・・・海軍の人の荷物を人づてに渡す。軽井沢近くまではどうか斯うが無事に来たが、沓かけ駅から一つ手前で、窓から小用をした人が、客車の下に足を見つけ、多分バク弾を持った朝鮮人がかくれて居るのだろうとさわぎ出す。前日軽井沢で汽車をテンプクさせようとした・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・東京暮しの作家は同様の場合、とかく軽井沢だとかアルプスだとかを思い浮べるらしい。そして、多くの場合そのいずれもが、作家としての降服の旗じるしであることが自覚されている。「若い人」の終りにしろ、その本質は同じであるが、ずっと終りまで読み、・・・ 宮本百合子 「文学と地方性」
出典:青空文庫