・・・福井を出発する時、前日頃、軽井沢で汽車爆破を企た暴徒が数十名捕えられ、数人は逃げたと云う噂があった。旅客は皆それを聞き知ってい、中にはこと更「いよいよ危険区域に入りましたな」などと云う人さえある。 五日の暁方四時少し過ぎ列車が丁度軽井沢・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
・・・されど頭のやましきことは前に比べて一層を加えたり。軽井沢停車場の前にて馬車はつ。恰も鈴鐸鳴るおりなりしが、余りの苦しさに直には乗り遷らず。油屋という家に入りて憩う。信州の鯉はじめて膳に上る、果して何の祥にや。二時間眠りて、頭やや軽き心地す。・・・ 森鴎外 「みちの記」
去年の八月の末、谷川君に引っ張り出されて北軽井沢を訪れた。ちょうどその日は雨になって、軽井沢駅に降りた時などは土砂降りであった。その中を電車の終点まで歩き、さらに玩具のように小さい電車の中で窓を閉め切って発車を待っていた時の気持ちは、・・・ 和辻哲郎 「寺田さんに最後に逢った時」
出典:青空文庫