・・・とある軽侮なしにではなく呼びかけたところの人々の中に繰り入れられることになるのではなかろうか。すなわち、「自分の中流階級的立場から、自分のできるだけのことをする」人々の一人となるのではなかろうか。もし僕の堺氏について考えているところが誤って・・・ 有島武郎 「片信」
・・・ 憤慨と、軽侮と、怨恨とを満たしたる、視線の赴くところ、麹町一番町英国公使館の土塀のあたりを、柳の木立ちに隠見して、角燈あり、南をさして行く。その光は暗夜に怪獣の眼のごとし。 二 公使館のあたりを行くその怪獣・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・止むを得ず黙って通ったが、生れて覚えのない苦痛を感じた。軽侮するつもりではないかも知れねど、深い不快の念は禁じ得なかった。 予は渋川に逢うや否や、直ぐに直江津に同行せよと勧め、渋川が呆れてるのを無理に同意さした。茶を持ってきた岡村に西行・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・とかいう言葉は今でも折々繰返されてるが、斯ういう軽侮語を口にするものは、今の文学を研究して而して後鑑賞するに足らざるが故に軽侮するのではなくて、多くは伝来の習俗に俘われて小説戯曲其物を頭から軽く見ているからで、今の文学なり作家なりを理解して・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・それ故に外国文学に対してもまた、十分渠らの文学に従う意味を理解しつつもなお、東洋文芸に対する先入の不満が累をなしてこの同じ見方からして、その晩年にあってはかつて随喜したツルゲーネフをも詩人の空想と軽侮し、トルストイの如きは老人の寝言だと嘲っ・・・ 内田魯庵 「二葉亭四迷」
・・・ところが日本では昔から法科万能で、実務上には学者を疎んじ読書人を軽侮し、議論をしたり文章を書いたり読書に親んだりするとさも働きのない低能者であるかのように軽蔑されあるいは敬遠される。二葉亭ばかりが志を得られなかったのではない。パデレフスキー・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・私についての様々の伝説が、ポンチ画が、さかしげな軽侮の笑いを以て、それからそれと語り継がれていたようであるが、私は当時は何も知らず、ただ、街頭をうろうろしていた。一年、二年経つうちに、愚鈍の私にも、少しずつ事の真相が、わかって来た。人の噂に・・・ 太宰治 「鴎」
・・・僕にはそれもまたさもしい感じで、ただ軽侮の念を増しただけであった。 ことしのお正月、僕は近所へ年始まわりに歩いたついでにちょっと青扇のところへも立ち寄ってみた。そのとき玄関をあけたら赤ちゃけた胴の長い犬がだしぬけに僕に吠えついたのにびっ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・去らんと心掛申候えども、この人物は身のたけ六尺、顔面は赤銅色に輝き腕の太さは松の大木の如く、近所の質屋の猛犬を蹴殺したとかの噂も仄聞致し居り、甚だ薄気味わるく御座候えば、老生はこの人物に対しては露骨に軽侮の色を示さず、常に技巧的なる笑いを以・・・ 太宰治 「花吹雪」
虫の中でも人間に評判のよくないものの随一は蛆である。「蛆虫めら」というのは最高度の軽侮を意味するエピセットである。これはかれらが腐肉や糞堆をその定住の楽土としているからであろう。形態的には蜂の子やまた蚕とも、それほどひどくちがって特別・・・ 寺田寅彦 「蛆の効用」
出典:青空文庫