・・・東洋の画家には未だ甞て落款の場所を軽視したるものはない。落款の場所に注意せよなどと言うのは陳套語である。それを特筆するムアアを思うと、坐ろに東西の差を感ぜざるを得ない。 大作 大作を傑作と混同するものは確かに鑑賞上の物質・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・せる歌人にあっては、此研究や自覚は遠き昔に於て結了せられたであろう、多くの人は晩食に臨で必ず容儀を整え女子の如きは服装を替えて化粧をなす等形式六つかしきを見て、単に面倒なる風習事々しき形式と考え、是を軽視するの趣あれど、そは思わざるも甚しと・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・それまでは文学を軽視し、内心「時間潰し」に過ぎない遊戯と思いながら面白半分の応援隊となっていたが、それ以来かくの如き態度は厳粛な文学に対する冒涜であると思い、同時に私のような貧しい思想と稀薄な信念のものが遊戯的に文学を語るを空恐ろしく思った・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ 文芸を愛好する故に倫理学を軽視するという知識青年の風潮は確かに青年層の人格的衰弱の徴候といわねばならぬ。 四 社会運動と倫理学 青年層にはまた倫理学を迂遠でありとし、象牙の塔に閉じこもって、現実の世相を知らない・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・自分の軽視されたということよりも、夫の胸の中に在るものが真に女わらべの知るには余るものであろうと感じて、なおさら心配に堪えなくなったのである。 格子戸は一つ格子戸である。しかし明ける音は人々で異る。夫の明けた音は細君の耳には必ず夫の明け・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ 私の辞書に軽視の文字なかった。 作品のかげの、私の固き戒律、知るや君。否、その激しさの、高さの、ほどを! 私は、私の作品の中の人物に、なり切ったほうがむしろ、よかった。ぐうだらの漁色家。 私は、「おめん!」・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・ しかし自分の見る所では、科学上の骨董趣味はそれほど軽視すべきものではない。この世に全く新しき何物も存在せぬという古人の言葉は科学に対しても必ずしも無意義ではない。科学上の新知識、新事実、新学説といえども突然天外から落下するようなもので・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
・・・、こういう代表的なアカデミックな仕事ですらも審査員の眼界があまりに狭くてその部門のその問題の他の方面にまで眼が行届かないような場合には、そこに提出された論文のせっかくの狙い所が正常の価値を認められずに軽視されることも実際にあり得るのである。・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・それだから蓄音機は潔癖な音楽家から軽視されあるいは嫌忌されるのもやむを得ない事かもしれない。私はそういう音楽家の潔癖を尊重するものではあるが、それと同時に一般の音楽愛好者が蓄音機を享楽する事をとがめてはならないと思うものである。 蓄音機・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・在来の型以外のものに対して盲目な公衆の眼にはどうしても軽視され時には滑稽視されるのは誠に止むを得ぬ次第であるが、そういう人でも先ず試みに津田君のこの種の絵と技巧の一点張の普通の絵と並べて壁間に掲げ、ゆっくり且つ虚心に眺めて見るだけの手数をし・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
出典:青空文庫