・・・ 矢や銃弾も中らばこそ、轟然一射、銃声の、雲を破りて響くと同時に、尉官は苦と叫ぶと見えし、お通が髷を両手に掴みて、両々動かざるもの十分時、ひとしく地上に重り伏せしが、一束の黒髪はそのまま遂に起たざりし、尉官が両の手に残りて、ひょろひょろ・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・現に、数年前のこと、ちょうど春先であったが、轟然として、なだれがしたときに、幹の半分はさかれて、雪といっしょに谷底へ落ちてしまったのでした。幸いに根のかみついていた岩角が砕けなかったから、よかったものの、もし壊れたら、おそらくそれが最後だっ・・・ 小川未明 「しんぱくの話」
・・・その時、橇の上から轟然たるピストルのひゞきが起った。彼は、引金を握りしめた。が引金は軽く、すかくらって辷ってきた。安全装置を直すのを忘れていたのだ。「どうした、どうした?」 ピストルに吃驚した竹内が歩哨小屋から靴をゴト/\云わして走・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・と、その時、突然、轟然たる大音響に彼は、ひっくりかえりそうになった。サッとはげしい風がまき起った。帽子は頭からとび落ちた。カンテラは一瞬に消えてまッ暗になった。足もとには、誰れかゞ投げ出されるように吹きとばされて、へたばっていた。それは一度・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・彼は、逃げて行く軍医を、うしろからねらって、轟然と拳銃を放った。ねらいはそれて、弾丸は二重になった窓硝子を打ち抜いた。 彼は、シベリアにいることを希望するだろうと誰れしも思っていた。「一年や二年、シベリアに長くいようがいまいが、長い・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・列車が轟然とその鉄橋をくぐりぬけた。「汽車は鉄橋わたるなり」 白い汽車の煙と、轟音と、稚い唱歌の節が五月の青空に浮んで、消えて、再びレールが車輪の下で鳴った。 稲毛の停車場から海岸まで彼等は田舎道を歩いた。余り人通りもなかった。・・・ 宮本百合子 「帆」
出典:青空文庫