・・・へ特筆大書すべき始末となりしに俊雄もいささか辟易したるが弱きを扶けて強きを挫くと江戸で逢ったる長兵衛殿を応用しおれはおれだと小春お夏を跳ね飛ばし泣けるなら泣けと悪ッぽく出たのが直打となりそれまで拝見すれば女冥加と手の内見えたの格をもってむず・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・君の、おくめんも無い感激振りに辟易したんだ。知識人のデリカシイなんだよ。」「古い型のね。」佐伯は低く附け加えた。「乾杯します。」と熊本君は、思いつめた果のような口調で言った。「僕は、ビイルを飲むと、くしゃみするんです。僕は、その事を・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ あの人にとぼけるという印象をあたえたのは、それは、私のアンニュイかも知れないが、しかし、その人のはりきり方には私のほうも、辟易せざるを得ないのである。 はりきって、ものをいうということは無神経の証拠であって、かつまた、人の神経をも・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・ 新聞の科学記事でいちばん科学者を辟易させるものはいわゆる「世界的大発見」や「大発明」の記事である。十年も前に発見されている事実がきのう発見されたことになったり、至るところで以前から使い古されているものがおととい発明されたりしたことにな・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・そうすると馬は尻尾の痛苦に辟易していななく元気がなくなると書いてある。どうも西洋人のすることは野蛮で残酷である。東洋では枚をふくむという、もっと温和な方法を用いていたのである。同じ注に、欧州大戦のときフランスに出征中のアメリカ軍では驢馬のい・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・ ある日偶然上野の精養軒の待合室で初めてJOAKの放送を聞いたが、その拡声器の発する音は実に恐るべき辟易すべきものであった。そのためになおさら自分のラジオに対する興味は減殺されたようであった。ところが、ある夏の日に友人と二人で郊外の某旗・・・ 寺田寅彦 「ラジオ雑感」
・・・その時分知っていたこの家の女を誘って何処か凉しい処へ遊びに行くつもりで立寄ったのであるが、窓外の物干台へ照付ける日の光の眩さに辟易して、とにかく夕風の立つまでとそのまま引止められてしまったのだ。物干には音羽屋格子や水玉や麻の葉つなぎなど、昔・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・僕の意志の薄弱なのにも困るかも知れないが、君の意志の強固なのにも辟易するよ。うちを出てから、僕の云う事は一つも通らないんだからな。全く唯々諾々として命令に服しているんだ。豆腐屋主義はきびしいもんだね」「なにこのくらい強硬にしないと増長し・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・それがため同級生は悉く辟易の体で、ただ烟に捲かれるのを生徒の分と心得ていた。先生もそれで平気のように見えた。大方どうせこんな下らない事を教えているんだから、生徒なんかに分っても分らなくても構わないという気だったのだろう。けれども先生の性質が・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・さすがの御亭主もこれには辟易致しましたが、ついに一計を案じて、朋友の細君に、こういう飾りいっさいの品々を所持しているものがあるのを幸い、ただ一晩だけと云うので、大切な金剛石の首輪をかり受けて、急の間を合せます。ところが細君は恐悦の余り、夜会・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
出典:青空文庫