・・・……一見は利かずとも、電話で言込めば、と云っても、威勢よく酒の機嫌で承知をしない。そうして、袖たけの松の樹のように動かない。そんな事で、誘われるような婦ではなかったのに、どういう縁か、それでは、おかみさんに聞いて許しを得て。……で、おも屋に・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ま、女どもまでおっしゃりつけでございましたが、鶫を、貴方様、何か鍋でめしあがりたいというお言で、いかようにいたして差し上げましょうやら、右、女どももやっぱり田舎もののことでございますで、よくお言がのみ込めかねます。ゆえに失礼ではございますが・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・と、引ッ込めて、「あなたに見せたッて、けちをつけるだけ損だ」「じゃア、勝手にしゃがアれ」 僕は飯をすまし、茶をつがせて、箸をしまった。吉弥はのびをしながら、「ああ、ああ、もう、死んじまいたくなった。いつおッ母さんがお金を持って来・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・と、氏の問が能く呑込めないので訊き返したが、その時偶っと胸に浮んだのは沼南外遊中からの夫人の芳ばしからぬ噂であった。ツイその数日前の或る新聞にも、「開国始末」で冤を雪がれた井伊直弼の亡霊がお礼心に沼南夫人の孤閨の無聊を慰めに夜な夜な通うとい・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・店の主人は子供に物を言って聞かせるように、引金や、弾丸を込める所や、筒や、照尺を一々見せて、射撃の為方を教えた。弾丸を込める所は、一度射撃するたびに、おもちゃのように、くるりと廻るのである。それから女に拳銃を渡して、始めての射撃をさせた。・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・地下の百姓を見てもすぐと理屈でやり込めるところから敬して遠ざけられ、狭い田の畔でこの先生に出あう者はまず一丁前から避けてそのお通りを待っているという次第、先生ますます得意になり眼中人なく大手を振って村内を横行していた。 その家は僕の家か・・・ 国木田独歩 「初恋」
・・・洞窟の奥の真暗な横坑にふさぎ込められていた土田は、山を這い渡る途中に、又、第二の落盤でもありやしないか、びく/\しながら、小さくなって、ころび出て来た。 三本脚の松ツァンは、ケージをおりて、坑内へ這入って来た。彼は巨大な鉱石に耳をつけて・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・ ――吉田は、防寒服を着け、弾丸を込めた銃を握って兵舎から走り出た。「おい、兎をうつのに実弾を使ってもいゝのかい。」 小村も、吉田がするように、防寒具を着けながら、危ぶんだ。「かまうもんか!」「ブが怒りゃせんかしら……」・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・釣の座を譲れといって、自分がその訳を話した時に、その訳がすらりと呑込めて、素直に座を譲ってくれたのも、こういう児であったればこそと先刻の事を反顧せざるを得なくもなり、また今残り餌を川に投げる方が宜いといったこの児の語も思合されて、田野の間に・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・あんまり人間をとって食べるので、或る勇士がついに之を退治して、あとの祟りの無いように早速、大明神として祀り込めてうまい具合におさめたという事が、その作陽誌という書物に詳しく書かれているのでございます。いまは、ささやかなお宮ですが、その昔は非・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
出典:青空文庫