・・・ 下で呼鈴を鳴す音がしたので、わたくしは椅子を立ち、バスへ乗る近道をききながら下へ降りた。 外へ出ると、人の往来は漸く稠くなり、チョイトチョイトの呼声も反響するように、路地の四方から聞えて来る。安全通路と高く掲げた灯の下に、人だかり・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・また東の方へ曲る角に巡査派出所があって、「砂町海水浴場近道南砂町青年団」というペンキ塗の榜示杭が立っていた。 わたくしが偶然枯蘆の間に立っている元八幡宮の古祠に行当ったのは、砂町海水浴場の榜示杭を見ると共に、何心なく一本道をその方へと歩・・・ 永井荷風 「元八まん」
・・・その途中で大曲で一泊して六郷を通り過ぎた時に、道の左傍に平和街道へ出る近道が出来たという事が棒杭に書てあった。近道が出来たのならば横手へ廻る必要もないから、この近道を行って見ようと思うて、左へ這入て行ったところが、昔からの街道でないのだから・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・ 肌寒や馬のいなゝく屋根の上 かろうじて一足の草鞋求め心いさましく軽井沢峠にかかりて 朝霧や馬いばひあふつゞら折 馬は新道を行き我は近道を登る。小鳥に踏み落されて阪道にこぼれたる団栗のふつふつと蹄に砕かれ杖にころがさ・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・縁語を用いたる句、春雨や身にふる頭巾著たりけりつかみ取て心の闇の螢哉半日の閑を榎や蝉の声出代や春さめ/″\と古葛籠近道へ出てうれし野のつゝじかな愚痴無智のあま酒つくる松が岡蝸牛や其角文字のにじり書橘のかは・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・このようなことは、禅機に達することだとは思わないが、カルビン派のように、知識で信仰にはいろうとしなければならぬ近代作家の生活においては、孝道氏の考え方は迷いを退けるには何よりの近道ではないかと思う。 他人のことは私は知らないが自分一人で・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・そうしてまたそれが結局において成功の近道であったであろう。 なお早雲の掟には、禅宗の影響が強く現われている。彼のありのままを説く思想の根柢はたぶん禅宗であろう。部下の武士たちへの訓戒もそこから来ているのであって、武術の鍛錬よりも学問や芸・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫