・・・ 彼の述懐を聞くと、まず早水藤左衛門は、両手にこしらえていた拳骨を、二三度膝の上にこすりながら、「彼奴等は皆、揃いも揃った人畜生ばかりですな。一人として、武士の風上にも置けるような奴は居りません。」「さようさ。それも高田群兵衛な・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・ 三右衛門は一言ずつ考えながら、述懐するように話し続けた。「わたくしの依怙と申すのはそう云うことではございませぬ。ことさらに数馬を負かしたいとか、多門を勝たせたいとかと思わなかったことは申し上げた通りでございまする。しかし何もそれば・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・魂はいづれの空に行くならん我に用なきことを思ひ居り これは島木さんの述懐ばかりではない。同時に又この文章を書いている病中の僕の心もちである。 芥川竜之介 「島木赤彦氏」
・・・ 世の中の人は私の述懐を馬鹿々々しいと思うに違いない。何故なら妻の死とはそこにもここにも倦きはてる程夥しくある事柄の一つに過ぎないからだ。そんな事を重大視する程世の中の人は閑散でない。それは確かにそうだ。然しそれにもかかわらず、私といわ・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ この神田八段は大阪のピカ一棋師であるが、かつてしみじみ述懐して、――もし、自分が名人位挑戦者になれば、いや、挑戦者になりそうな形勢が見えれば、名人位を大阪にもって行かせるなと、全東京方棋師は協力し、全智を集注して自分に向って来るだろう・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・ 彼はこの断言の時の心境を述懐して、「日蓮が申したるには非ず、只ひとへに釈迦如来の御神我身に入りかはせ給ひけるにや。我身ながら悦び身にあまる。法華経の一念三千と申す大事の法門はこれなり」と書いている。かような宗教経験の特異な事実は、客観・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 両人はそんな述懐をしながら、またとぼとぼ歩いた。 帰りには道に迷った。歩きくたびれた上にも歩いてやっと家の方向が分った。「お帰りなさいまし。」園子が玄関へ出てきた。 両人は上ろうとして、下駄をぬぎかけると、そこには靴と立派・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・ それが茶の間に来てのお徳の述懐だ。 茶の間には古い柱時計のほかに、次郎が銀座まで行って買って来た新しいのも壁の上に掛けてあった。太郎への約束の柱時計だ。今度次郎が提げて行こうとするものだ。それが古い時計と並んで一緒に動きはじめてい・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・あんな、せつなかったこと、ございませんでした、としんみり述懐して、行儀よく紅茶を一口すすった。 また、こんな話も聞いた。 どんなに永いこと散歩しても、それでも物たりなかったという。ひとけなき夜の道。女は、息もたえだえの思いで、幾・・・ 太宰治 「あさましきもの」
・・・ 私は、未だ中学生であったけれども、長兄のそんな述懐を、せっせと筆記しながら、兄を、たまらなく可哀想に思いました。A県の近衛公だなぞと無智なおだてかたはしても、兄のほんとうの淋しさは、誰も知らないのだと思いました。 次兄は、この創刊・・・ 太宰治 「兄たち」
出典:青空文庫