・・・ すべての歌人の取材の範囲やそれに対する観照の態度は、誰でも年を追って自然の変遷を経るもののように見える。しかしそういうものがどんなに変っても、同じ作者の「顔」は存外変らぬもののように思われる。歌を専門的に研究している人達の分析的な細か・・・ 寺田寅彦 「宇都野さんの歌」
・・・この先駆者の道を追って行けば日本語トーキーで世界的なものを作ることも不可能ではない。「ノン」の代わりに「いや」を插入し「ヴーザレヴォアル」のところへ「まあ見たまえ」をはめ込んでも効果においてはほとんど何もちがわないのである。 ソビエ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・棺の後を追って足早に刻む下駄の音のみが雨に響く。「昨日生れて今日死ぬ奴もあるし」と余は胸の中で繰り返して見た。昨日生まれて今日死ぬ者さえあるなら、昨日病気に罹って今日死ぬ者は固よりあるべきはずである。二十六年も娑婆の気を吸ったものは病気・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・みんなで一匹ずつ馬を追って、はじめに向こうの、そら、あの大きな木のところに着いたものを一等にしよう。」「そいづおもしろいな。」嘉助が言いました。「しからえるぞ。牧夫に見つけらえでがら。」「大丈夫だよ。競馬に出る馬なんか練習をして・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・二人が泣いてあとから追って行きますと、おかあさんはふり向いて、「なんたらいうことをきかないこどもらだ。」としかるように言いました。 そしてまるで足早に、つまずきながら森へはいってしまいました。二人は何べんも行ったり来たりして、そこら・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・ 若い人は川の方にとんで行ってしまって二人の老人もそのあとを追って行ってしまいました。私は何の事だかわかりませんで――ただ、一人ぼっちになったんで悲しゅうございました。いかにも小供らしい口調で伏目になりながら云う。ペーンはシ・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・男を追って走り去った赤い洋服の娘のことが心掛りで仕方ないのである。 涙をためて机の下に丸まって居ると、戸口の方に人声がし、一人の婦人が入って来た。まるで入口一杯になる程、縦にも横にも大きい人である。大変快活な顔付で、いかつい眼や口のまわ・・・ 宮本百合子 「或日」
・・・息子を大学に入れたり、洋行をさせたりしたのは、何も専門の職業がさせたいからの事ではない。追って家督相続をさせた後に、恐多いが皇室の藩屏になって、身分相応な働きをして行くのに、基礎になる見識があってくれれば好い。その為めに普通教育より一段上の・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・三右衛門が重手を負いながら、癖者を中の口まで追って出たのは、「平生の心得方宜に附、格式相当の葬儀可取行」と云うのである。三右衛門の創を受けた現場にあった、癖者の刀は、役人の手で元の持主五瀬某に見せられた。 二十八日に三右衛門の遺骸は、山・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ 退院者の後を追って、彼女たちは陽に輝いた坂道を白いマントのように馳けて来た。彼女たちは薔薇の花壇の中を旋回すると、門の広場で一輪の花のような輪を造った。「さようなら。」「さようなら。」「さようなら。」 芝生の上では、日・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫