・・・月給を甘んじて悪銭苦闘を続けて来た社員に一言の挨拶もなく解散するというは嚶鳴社以来の伝統の遺風からいっても許しがたい事だし、自分の物だからといって多年辛苦を侶にした社員をスッポかして、タダの奉公人でも追出すような了簡で葉書一枚で解職を通知し・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・べたべたと客にへばりつき、ひそひそ声の口説も何となく蝶子には気にくわなかったが、良い客が皆その女についてしまったので、追い出すわけには行かなかった。時々、二、三時間暇をくれといって、客と出て行くのだった。そんなことがしばしば続いて、客の足が・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ それでこれからすぐにお俊を追い出すつもりだがお前さんも同意だろうと申しますから私はお俊が元親方と怪しい関係のあった女であるか、ないか、そんなことはわからないけれど、今ではお前を大切にして立派なお神さんになっているのだから追い出すほどの・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・ 裏の崖の上から丘の谷間の様子を見ていた留吉が、「おい、皆目、追い出す者はないが、……宇一の奴、ほんとに裏切りやがったぞ!」 と、小屋の中の健二に呼びかけた。「まだ二十匹も出ていないが……。」「ええ!」健二は自分の豚を出・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・そんなにまでされては、さすがに私も、呆れかえって物が言えない気持になり、そうですか、さようなら、と言って、おまわりの呼びとめるのも聞かず、すたすたと川のほうに歩いて行き、どうせもう、いつかは私は追い出すつもりでいたのでしょうし、とても永くは・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・妹夫婦は、まさか私を村から追い出すような事はしないだろう。正義だの、信実だの、愛だの、考えてみれば、くだらない。人を殺して自分が生きる。それが人間世界の定法ではなかったか。ああ、何もかも、ばかばかしい。私は、醜い裏切り者だ。どうとも、勝手に・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・よくもまあ恥かしくもなく、のこのこ帰って来られたものだとおれは呆れてお前たちには口もききたくない気持だったが、しかし、お前もいまはおれの娘ではないんだし、島田という出征軍人の奥様なのだから、足蹴にして追い出すわけにもゆかず、まあ、赤の他人の・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・そして若い柔らかい頭の中から、美に対する正しい感覚を追い出すためにわざわざ考案されたような、いかにもけばけばしい、絵というよりもむしろ臓腑の解剖図のような気味の悪い色の配合が並べられている。このような雑誌を買う事のできないほどに貧乏な子供が・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・若し下女勝て多言くて悪敷者なれば早く追出すべし。箇様の者は必ず親類の中をも言妨て家を乱す基と成物也。恐るべし。又卑者を使ふには気に合ざる事多し。夫を怒罵て止ざれば約々しく腹立こと多して家の内静ならず。悪しき事あらば折々言教て誤を直べし。少の・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ 一杯の力を入れて投げてよこす球を身構えて受け取る時、ひどい勢で掌に飛び込む拍子に中の空気を急に追い出すパッと云う様なポッと云う様な音が出る様に互の気が合って来ると、口に云えないほど男性的な活気が躰中に漲って来る。 私は眼をキラキラ・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
出典:青空文庫