・・・親鳥だと、単にちょっと逆立ちをしてしっぽを天に朝しさえすればくちばしが自然に池底に届くのであるが、ひな鳥はこうして全身を没してもぐらないと目的を達しないから、その自然の要求からこうした芸当をするのであろうが、それにしても、水中にもぐっている・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・看板の中には、さっきキスを投げた子が、二疋の馬に片っ方ずつ手をついて、逆立ちしてる処もある。さっきの馬はみなその前につながれて、その他にだって十五六疋ならんでいた。みんなオートを食べていた。 おとなや女や子供らが、その草はらにたくさん集・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・ こういう文化上の悲劇、作家一人一人の運命についていえば目もあてられない逆立ち芸当をつとめるにいたった理由は複雑であろう。根源には、日本の近代社会のおくれた本質が、作家の全生活に暗く反映している。跛な日本の経済事情そのものから生じて・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・ 第一歩で、とりちがえて提出された、日本における公私の逆立ちは、戦争が進むにつれ次第に深刻な具体性をもって来た。 例えば、遠い大洋をへだてたあちこちの島々に、守備としてのこされた一団の兵士たちは、どういう経験をしただろう。食糧事情で・・・ 宮本百合子 「逆立ちの公・私」
・・・絵にかいたらば妖怪のような理性の逆立ちした思惟や、勇気の欠けていることをおおいかくすための詭弁や、――それは人間の愚劣さをあらわすものとしてわたしたちの周囲にあふれている。解放したい「自我」を詭弁の足かせでしばりつけることは、あまり悲しいこ・・・ 宮本百合子 「自我の足かせ」
・・・文学に於ける有望な新しい作家が勤労大衆の中から出て来るようには若い画家が出て来ないが、それでも展覧会などを見ると内容的にコレチャロフなどが逆立ちしたって捕えられないものをつかまえている。将来興味ある発達の芽がある。知られている通りソヴェト同・・・ 宮本百合子 「ソヴェト「劇場労働青年」」
・・・二月。逆立ちの公私。私たちの建設。“どう考えるか”について。六月。信義について。七月。ある回想から。播州平野。八月。青田は果なし。九月。風知草。十月。琴平。現代の主題。風知草。十一月。郵便切手。図書館。風知草。・・・ 宮本百合子 「年譜」
出典:青空文庫