・・・一刀三拝式の私小説家の立場から、岡本かの子のわずかに人間の可能性を描こうとする努力のうかがわれる小説をきらいだと断言する上林暁が、近代小説への道に逆行していることは事実で、偶然を書かず虚構を書かず、生活の総決算は書くが生活の可能性は書かず、・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・そればかりでなく、五円儲かったということばは、その二三日前によんだ貴作『逆行』の中にあることばがそのままにうかんだしろものに過ぎず、新宿駅のまえでぼんやりして居りました。あのはげしかった会合のことがらをはっきりと掴めもせずに、自分の去就につ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・という雑誌から何か短篇を書けといわれて、その時、あり合せの「逆行」という短篇を送った。それが二、三ヶ月後くらいに新聞の広告に大きく名前が他の諸先輩と並んで出て、それが後日第一回芥川賞の時に候補に上げられました。 その「逆行」と殆ど前後し・・・ 太宰治 「わが半生を語る」
・・・また撮影速度の加減によって速いものをおそくも、おそいものを速くもすることができるし、必要ならば時を逆行させて宇宙のエントロピーを減少させることさえできるのである。 これらの「映画の世界像」の分析については、かつて「思想」誌上で詳説したか・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ いっそうおもしろいのは時間の逆行による世界像の反転である。いわゆるカットバックの技巧で過去のシーンを現在に引きもどすことが随意にできるのもおもしろくないことはないが、これは言わば「フィルムの記憶」の利用であって、人間の脳の記憶の代用に・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・体力だけを練るのは未開時代への逆行である。 タイピストの一九二九年のレコードは一分に九十六語でこれはフランスの某タイプ嬢の所有となっている。これなども神経のはたらきの可能性に関するものである。 ロスアンゼルスのアゼリン嬢は三十六秒間・・・ 寺田寅彦 「記録狂時代」
・・・あるいは想像でも溯れないかも知れないけれども、この事実の中に含まれている論理の力で後ろの方へ逆行したらどんなものでしょう。今言う通り昔は商売というものの数が少なかった。職業の数が少なくって、世間の人もそのわずかな商売をもって満足しておったと・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・どうすることかと見ていると散々ころげて私の見当をうまく狂わしてやったとでも思ったのだろう、今度は茶色甲冑を先にして、偉い勢いで逆行し始めたではないか。而も、すっかり逆行しきるのではない。行ってはかえり、行ってはかえり、茶色甲冑が嘘の頭だと観・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・モスクワ大学横の暗い坂をタクシーが一台登ろうとしては辷って逆行していた――が、読者よ、そんなにおそくまで平気で子供をほったらかし無数のソヴェトの母親がクフミンストル・クラブのの広間で、芝居に熱中してると早合点してくれるな。СССРの勤労者ク・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・然し胆汁のはけ口を逆行してそのもち主を呻らせる炎症をおこすバイキンは、СССРモスク市の食堂が一ヵ年間補てん提供したのは事実だ。 日本女の胆嚢に入ったバイキンは、あらゆる瞬間に、ルバシカに包まれたモスクの市民の胃にも侵入しつつある。モス・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
出典:青空文庫