・・・ 彼の言葉は一度途絶えてから、また荒々しい嗄れ声になった。「お前だろう。誰だ、お前は?」 もう一人の陳彩は、しかし何とも答えなかった。その代りに眼を挙げて、悲しそうに相手の陳彩を眺めた。すると椅子の前の陳彩は、この視線に射すくま・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・坂を下りて、一度ぐっと低くなる窪地で、途中街燈の光が途絶えて、鯨が寝たような黒い道があった。鳥居坂の崖下から、日ヶ窪の辺らしい。一所、板塀の曲角に、白い蝙蝠が拡ったように、比羅が一枚貼ってあった。一樹が立留まって、繁った樫の陰に、表町の淡い・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ 御手洗の音も途絶えて、時雨のような川瀬が響く。…… 八「そのまんま消えたがのう。お社の柵の横手を、坂の方へ行ったらしいで、後へ、すたすた。坂の下口で気が附くと、驚かしやがらい、畜生めが。俺の袖の中から、皺び・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ 人通りも殆ど途絶えた。 が、何処ともなく、柳に暗い、湯屋の硝子戸の奥深く、ドブンドブンと、ふと湯の煽ったような響が聞える。…… 立淀んだ織次の耳には、それが二股から遠く伝わる、ものの谺のように聞えた。織次の祖母は、見世物のその・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・しばらく言途絶えたり。「高峰、ちっと歩こうか」 予は高峰とともに立ち上がりて、遠くかの壮佼を離れしとき、高峰はさも感じたる面色にて、「ああ、真の美の人を動かすことあのとおりさ、君はお手のものだ、勉強したまえ」 予は画師たるが・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・ と、言が途絶えた。「小さな児が、この虫を見ると?……」「あの……」「どうするんです。」「唄をうとうて囃しますの。」「何と言って……その唄は?」「極が悪うございますわ。…………薄暮合には、よけい沢山飛びますの。」・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ とややありて切なげにいいし一句にさえ、呼吸は三たびぞ途絶えたる。昼中の日影さして、障子にすきて見ゆるまで、空蒼く晴れたればこそかくてあれ、暗くならば影となりて消えや失せむと、見る目も危うく窶れしかな。「切のうござんすか。」 ミ・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・ 私は暗い路ばたに悄り佇んで、独り涙含んでいたが、ふと人通りの途絶えた向うから車の轍が聞えて、提灯の火が見えた。こちらへ近いてくるのを見ると、年の寄った一人の車夫が空俥を挽いている。私は人懐しさにいきなり声を懸けた。 先方は驚いて立・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・やがて、どれだけ時間がたったでしょうか、中華料理屋の客席の灯が消え、歯医者の二階の灯が消え、電車が途絶え、ボートの影も見えなくなってしまっても、私はそこを動きませんでした。夜の底はしだいに深くなって行った。私は力なく起ち上って、じっと川の底・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ どういう風の吹き廻しか、さんざん駄洒落たあと、先生の声はそこで途絶えて、暫らくの別れであった。「ああ、ありがたし、かたじけなし、この日、この刻、この術を、許されたとは、鬼に金棒」 と、佐助は天にも登る心地がした途端に、はや五体・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
出典:青空文庫