・・・ ここまでは、一人も人に逢わなかったが、板塀の彼方に奉納の幟が立っているのを見て、其方へ行きかけると、路地は忽ち四方に分れていて、背広に中折を冠った男や、金ボタンの制服をきた若い男の姿が、途絶えがちながら、あちこちに動いているのを見た。・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・昼中でも道行く人は途絶えがちで、たまたま走り過る乗合自動車には女車掌が眠そうな顔をして腰をかけている。わたくしは夕焼の雲を見たり、明月を賞したり、あるいはまた黙想に沈みながら漫歩するには、これほど好い道は他にない事を知った。それ以来下町へ用・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・渡すかぎり、自分より高いものはないような気がして、四方の眺望は悉く眼下に横わっているが、しかし海や川が見えるでもなく、砂漠のような埋立地や空地のところどころに汚い長屋建の人家がごたごたに寄集ってはまた途絶えている光景は、何となく知らぬ国の村・・・ 永井荷風 「元八まん」
・・・ ベルが段々調子を上げ、全で余韻がなくなるほど絶頂に達すると、一時途絶えた。 五人の坑夫たちは、尖ったり、凹んだりした岩角を、慌てないで、然し敏捷に導火線に火を移して歩いた。 ブスッ! シュー、と導火線はバットの火を受けると、細・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・の短く途絶えた序曲のような性質をもっている。あるいは、嵐がおそって来る前の稲妻の閃きのような。「白い蚊帳」は時期から云えば「我に叛く」より数年あとになるが、これも或る意味では「伸子」に添えてよまれるべき性質の作品と云える。「伊太利亜の古・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第三巻)」
・・・ また一九四一年にはいってからは、ほんの断片的な執筆しかなくて、それも前半期以後は全く途絶えてしまっているのは、一九四一年の一月から太平洋戦争を準備していた権力によってはげしい言論抑圧が進行し、宮本百合子の書いたものは、批判的であり、非・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・温室の窓のように若々しく汗をかいた硝子戸の此方にはほのかに満開の薫香をちらすナーシサス耳ざわりな人声は途絶えきおい高まったわが心とたくましい大自然の息ぶきばかりが丸き我肉体の内外を包むのだ。ああ よき暴風・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
・・・世俗にみて就職がおくれることを問題としなくても、学問上の研究をその間途絶えさせることもある。 現代の若い心は、さけがたいそれ等の義務に直面していて、雄々しくそれを果していると思う。戦争が世界的な規模になって来ている今、若い世代は次第に沈・・・ 宮本百合子 「生活者としての成長」
・・・ 電車が途絶えた折からで、からりとした夜の大通りの上に赤青の信号燈が閃き、普段の夜のとおり明るい事務所の内で執務している従業員の姿が外から見えた。何心なく行くと、引込線の通った車庫のわきに一寸した空地のような場処がある。その叢の物かげに・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
・・・古顔の連中は一高や大学で漱石に教わった人たちであるが、その中で大学の卒業年度の最もあとなのは安倍能成君であって、そのあとはずっと途絶えていた。安倍君と同じ組には魚住影雄、小山鞆絵、宮本和吉、伊藤吉之助、宇井伯寿、高橋穣、市河三喜、亀井高孝な・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫