・・・おれは全三日苦しみ通しだものを。明日は四日目、それから五日目、六日目……死神は何処に居る? 来てくれ! 早く引取ってくれ! なれど死神は来てくれず、引取ってもくれぬ。此凄まじい日に照付られて、一滴水も飲まなければ、咽喉の炎えるを欺す手段・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・子供らにはずいぶん厄介をかけられ通したが、子供らにはちっともかけていない。死んだ後にだって何一つ面倒なことって残してないし、じつに簡単明瞭な往生じゃないか。僕なんかにはちょっと真似ができそうにないね。考えてみるとおやじ一代の苦労なんてたいへ・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・『なに吉さんはあの身体だもの寒にあてられるような事もあるまい』と叔母は針の目を通しながら言えり。『イヤそうも言えない随分ひどいという事だから』と叔父のいうに随いてお絹『大概にして帰って来なさればよいに、いくらお金ができても身体を・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・もとより私といえども今日学生の社会的環境の何たるかを知らぬものではなく、その将来の見通しより来る憂鬱を解せぬものでもない。しかもそれにもかかわらず私は勧める。夢多く持て、若き日の感激を失うな。ものごとを物的に考えすぎるな。それは今の諸君の環・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ 親爺は、十三歳の時から一人前に働いて、一生を働き通して来た。学問もなければ、頭もない。が、それでも、百姓の生活が現在のまゝではどうしても楽にならないことを知っている。経験から知っているのだろう。自作農は、直接地主から搾取されることはな・・・ 黒島伝治 「小豆島」
・・・よい加減に不換紙幣が流通した時、不換紙幣発行は打切られ、利休は詰らぬ理屈を付けられて殺されて終った。後から後からと際限なく発行されるのではないから、不換紙幣は長くその価値を保った。各大名や有福町人の蔵の中に収まりかえっていた。考えて見れば黄・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ 保釈になった最初の晩、疲れるといけないと云うので、早く寝ることにしたのだが、田口はとうとう一睡もしないで、朝まで色んなことをしゃべり通してしまった。自分では興奮も何もしていないと云っていたし、身体の工合も顔色も別にそんなに変っていなか・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ 私はお徳の前に立って、肴屋の持って来た付木にいそがしく目を通した。それには河岸から買って来た魚の名が並べ記してある。長い月日の間、私はこんな主婦の役をも兼ねて来て、好ききらいの多い子供らのために毎日の総菜を考えることも日課の一つのよう・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・黙って黙って黙り通しにしているの。わたしいつもこんな時は、そんなにしているのがお前さんの強みだと思ったわ。だけれど本当はそうじゃないかも知れないわ。お前さんにはなんにもいうことがないのかも知れないわ。お前さんはなんにも考えてはいないのかも知・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・――人の心臓であったら出血のために動かなくなってしまうほどたくさん針が布をさし通して、一縫いごとに糸をしめてゆきます――不思議な。「ママ今日私は村に行って太陽が見たい、ここは暗いんですもの」 とその小さな子が申しました。「昼過ぎ・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
出典:青空文庫