・・・それにしろ、根本に於て、何となく自分の鑑別にたより切れないものを感じて常識、通念に従っていることでは、やはりつよく時代の空気にまといつかれているのである。 十日ばかり前、この文芸欄で尾崎士郎氏が「三十代の作家たち」の今日の在りようについ・・・ 宮本百合子 「今日の読者の性格」
・・・大人の文学と云う場合、一般の通念を、官吏、軍人、実業家とのみ限定することは困難である。人は、貧しき大人、苦しき大人、得意ならざる大人の現実の存在を念頭に泛べざるを得ない。古来文学は、まことに心かなしきものの友であったのであるから。―― ・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・二葉亭の、当時の日本文学の通念より前進しすぎていた人生的教養は、逆に彼に文学は男子一生の事業に価するものかどうかという懐疑に陥れている。このことも、私たちに少なからず暗示するところがあると思う。 硯友社の文学的傾向に対して、作家は昔の戯・・・ 宮本百合子 「作家と教養の諸相」
・・・ば何も知らないに等しいが、暗示されている言葉によって想像されるような不幸な性的混錯、或は錯倒であると仮定して、私はやはりその生物学的な不幸事をも生む者と生れるものとの関係、その関係に対する真面目な社会通念への刺衝として、うけとるのである。・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・ 女の場合には男より一層それが社会の通念や常套と絡みあって来る。葛藤が女性を文学以前において消耗する力は、何とおそろしく執拗だろう。そのたたかいの間から漸々いくらかずつ自身の文学を成長させて来ている事実は、現在私たち同時代の婦人作家の殆・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・ 文学について、じっくりと生活に根ざし、痙攣的でない感覚と通念とがどんなに必要となっているかは、私たち皆の胆に銘じて来ていることだし、今日文学を読む千万人が感じている国民的真実の一つであると思う。〔一九四一年六月〕・・・ 宮本百合子 「実感への求め」
・・・では、この社会の世俗の通念でいい生活と思われている小市民風な生活設計を守るために、本能も馴致されなければならないものとされ、そのために文学がつかわれることとなった。文学がその作家の文学的性格の強靭さの故によるというよりは寧ろ、世間を渡る肺活・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・「文学者や思想家が、既存の社会通念に無批判に服従することでのみ仕事をすべきだとする考えは、人類に進歩があるべきであるならば、有害な考えである。既存の社会通念を批評し訂正するという思想家や芸術家の働きが、現在の文化を形成して来たのである」と。・・・ 宮本百合子 「人間性・政治・文学(1)」
・・・自身にのしかかるそういう重荷の歴史性を、はっきり解剖し、根底から社会通念を人間が生きるに合理的な方面に導こうとする建設の道へ身を投じる者は、少数の、本当に強い心持の若者であろう。しかも、それらの勇敢な良心的な若い息子や娘等の努力をも、未だ打・・・ 宮本百合子 「花のたより」
・・・このことが稍々正常に理解されかかった時期に遺憾にも組織が崩されたので、今日でも、かつて左翼的な活動をした人々の通念と日常感情の中には、古い文化主義の根が除去され切れず、残されたままにある。今日の社会の情勢の中で、多くは個人的な事情から文学の・・・ 宮本百合子 「ヒューマニズムへの道」
出典:青空文庫