・・・これもおそらく蛾が一種の光度計を所有しているためであろうが、それにしても何町何番地のどの家のどの部分に烏瓜の花が咲いているということを、前からちゃんと承知しており、またそこまでの通路をあらかじめすっかり研究しておいたかのように真一文字に飛ん・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・これもおそらく蛾が一種の光度計を所有しているためであろうが、それにしても何町何番地のどの家のどの部分にからすうりの花が咲いているということを、前からちゃんと承知しており、またそこまでの通路をあらかじめすっかり研究しておいたかのように真一文字・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・ 室内を縦断する通路の自分とは反対側の食卓に若い会社員らしいのが三人、注文したうなぎどんぶりのできるのを待つ間の談笑をしている。もっぱら談話をリードしているその中の一人が何か二言三言言ったと思うと他の二人が声をそろえて爆笑する、それに誘・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・ことに瀬戸内海のように外洋との通路がいくつもあり、内海の中にもまた瀬戸が沢山あって、いくつもの灘に分れているところでは、潮の満干もなかなか込み入って来てこれを詳しく調べるのはなかなか難しいのです。しかし、航海の頻繁なところであるから潮の調査・・・ 寺田寅彦 「瀬戸内海の潮と潮流」
・・・また、日本はその地理的の位置から自然にいろいろな渡り鳥の通路になっているので、これもこの国の季節的景観の多様性に寄与するところがはなはだ多い。雁やつばめの去来は昔の農夫には一種の暦の役目をもつとめたものであろう。 野獣の種類はそれほど豊・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・一度通路ができてしまえばもうそれきりである。 夜おそく仕事でもしている時に頭の上に忍びやかな足音がしたり、どこかでつつましく物をかじる音がしたりするうちはいいが、寝入りぎわをはげしい物音に驚かされたり、買ったばかりの書物の背皮を無惨に食・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・ 寒くなると、爺さんは下駄棚のかげになった狭い通路の壁際で股火をしながら居睡をしているので、外からも、内からも、殆ど人の目につかない事さえあった。 或年花の咲く頃であったろう。わたくしは爺さんが何処から持って来たものか、そぎ竹を丹念・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・吉原から浅草に至る通路の重なるものは二筋あった。その一筋は大門を出て堤を右手に行くこと二、三町、むかしは土手の平松とかいった料理屋の跡を、そのままの牛肉屋常磐の門前から斜に堤を下り、やがて真直に浅草公園の十二階下に出る千束町二、三丁目の通り・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・ これと向合いになった車庫を見ると、さして広くもない構内のはずれに、燈影の見えない二階家が立ちつづいていて、その下六尺ばかり、通路になった処に、「ぬけられます。」と横に書いた灯が出してある。 わたくしは人に道をきく煩いもなく、構内の・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・デッキには新聞紙を敷いて三四人も寝ていた。通路にさえ三十人も立ったり、蟠ったりしていた。眼ばかりパチパチさせて、心は眠ってるのもあった。東京の空気を下の関までそっくり運ぼうとでもするように車室内の空気はムンムン沈澱していた。「図太え野郎・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
出典:青空文庫