・・・ 一昨日松本で城を見て、天守に上って、その五層めの朝霜の高層に立って、ぞっとしたような、雲に連なる、山々のひしと再び窓に来て、身に迫るのを覚えもした。バスケットに、等閑に絡めたままの、城あとの崩れ堀の苔むす石垣を這って枯れ残った小さな蔦・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・見渡すお堀端の往来は、三宅坂にて一度尽き、さらに一帯の樹立ちと相連なる煉瓦屋にて東京のその局部を限れる、この小天地寂として、星のみひややかに冴え渡れり。美人は人ほしげに振り返りぬ。百歩を隔てて黒影あり、靴を鳴らしておもむろに来たる。「あ・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・限らんの情 只道下佳人命偏に薄しと 寧ろ知らん毒婦恨平らぎ難きを 業風過ぐる処花空しく落ち 迷霧開く時銃忽ち鳴る 狗子何ぞ曾て仏性無からん 看経声裡三生を証す 犬塚信乃芳流傑閣勢ひ天に連なる 奇禍危きに臨んで淵を測らず きほ・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・すなわちデンマーク国の欧州大陸に連なる部分にして、その領土の大部分を占むるユトランドの荒漠を化してこれを沃饒の地となさんとの大計画を、彼はすでに彼の胸中に蓄えました。ゆえに戦い敗れて彼の同僚が絶望に圧せられてその故国に帰り来りしときに、ダル・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・また、青い海辺に連なる電線に止まって、海の方を見ていたこともあります。けれど、また町の人家の店頭に巣を造って日が暮れるころになると、みんな家の中の天井の巣の中に入って休みます。そして、夜が明けると外に出て、空や往来の上をひらひらと飛びまわっ・・・ 小川未明 「つばめの話」
・・・萱原の一端がしだいに高まって、そのはてが天ぎわをかぎっていて、そこへ爪先あがりに登ってみると、林の絶え間を国境に連なる秩父の諸嶺が黒く横たわッていて、あたかも地平線上を走ってはまた地平線下に没しているようにもみえる。さてこれよりまた畑のほう・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・天狗も荼枳尼には連なることで、愛宕にも太郎坊があれば、飯綱にも天狗嶽という魔所があり、餓鬼曼陀羅のような荼枳尼曼陀羅には天狗もあり、また荼吉尼天その物を狐に乗っている天狗だと心得ている人もある。むかし僧正遍照は天狗を金網の中へ籠めて焼いて灰・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・眼前に連なる青田は一面緑の波のように見える。士族地からここへ通って来るということも先生方を悦ばせた。あの樹木の蔭の多い道は大尉の住居からもさ程遠くはなかった。 その翌日から、桜井先生は塾の方で自分の受持を済まして置いて、暇さえあればここ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・古い地質時代にヨーロッパの北の半分を蔽っていた氷河が退いて行って、その跡に出来た砂原の窪みに水の溜ったのがこの湖とこれに連なる沢山の湖水だそうである。水は沈鬱に濁っている。変化の少ない周囲の地形の眺めも、到るところの黒い松林の眺めもいずれも・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・開場式のお歴々の群集も畢竟一種の囚徒で、工場主の晩餐会の卓上に列なる紳士淑女も、刑務所の食卓に並ぶルンペンらも同じくギャングであり囚人の群れであるように思われてくる。 ルイとエミールはこれらのあらゆる囚獄を片端から打ち破り、踏み破って「・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫