・・・病人も夜長の枕元に薬を煮る煙を嗅ぎながら、多年の本望を遂げるまでは、どうかして生きていたいと念じていた。 秋は益深くなった。喜三郎は蘭袋の家へ薬を取りに行く途中、群を成した水鳥が、屡空を渡るのを見た。するとある日彼は蘭袋の家の玄関で、や・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・が、半町ほど行った処に、やや開いた杉むらがある、――わたしの仕事を仕遂げるのには、これほど都合の好い場所はありません。わたしは藪を押し分けながら、宝は杉の下に埋めてあると、もっともらしい嘘をつきました。男はわたしにそう云われると、もう痩せ杉・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・いや、むしろ当然のことを仕遂げる快さに近いものを感じていた。彼女はとうとう目をつぶったまま、いかにも静かに死んだらしかった。――こう云う夢から醒めたわたしは顔を洗って来た後、濃い茶を二三杯飲み干したりした。けれどもわたしの心もちは一層憂鬱に・・・ 芥川竜之介 「夢」
・・・途方に暮れたのは新蔵で、しばらくはただお敏の背をさすりながら、叱ったり励ましたりしていたものの、さてあのお島婆さんを向うにまわして、どうすれば無事に二人の恋を遂げる事が出来るかと云うと、残念ながら勝算は到底ないと云わなければなりません。が、・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・私は私の役目をなし遂げる事に全力を尽すだろう。私の一生が如何に失敗であろうとも、又私が如何なる誘惑に打負けようとも、お前たちは私の足跡に不純な何物をも見出し得ないだけの事はする。きっとする。お前たちは私の斃れた所から新しく歩み出さねばならな・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・その仕事をし遂げるまでは、たとい死に神が手をついて迎えに来ても、死に神のほうをたたき殺すくらいな勢いでやっているんだ。その中でもがんばり方といい、力量といい一段も二段も立ちまさっていたのは奴だった。東京のすみっこから世界の美術をひっくり返す・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・順当な進行を遂げる人は幸福だ」「進行を遂げるならよいけれど、児が殖えたばかりでは進行とも云えんからつまらんさ。しかし子供は慥に可愛いな。子供が出来ると成程心持も変る。今度のは男だから親父が一人で悦んでるよ」「一昨年来た時には、君も新・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・本能も、理性も、この世界にあっては、最も自由に、完美に発達をなし遂げることが出来るのであります。何者の権力を以てしても、この自由を束縛することができない。 私は、童話の世界を考えた時に、汚濁の世界を忘れます。童話の創作熱に魂の燃えた時に・・・ 小川未明 「『小さな草と太陽』序」
・・・そしてプロレタリアートは、また疑いもなく、このことを成遂げるであろう。」と。 新しく入営する青年たちのなかには、こういうことがよく分かっている人々もあるだろう。だが、自分が国家のために入営するのだと思っている者も、少くはないだろう。又徴・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・何事でも目的を達し意を遂げるのばかりを楽しいと思う中は、まだまだ里の料簡である、その道の山深く入った人の事ではない。当下に即ち了するという境界に至って、一石を下す裏に一局の興はあり、一歩を移すところに一日の喜は溢れていると思うようになれば、・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
出典:青空文庫