・・・その中にあった金を次郎に分け、ちょうどそこへ屋外からテニスの運動具をさげて帰って来た三郎にも分けた。「へえ、末ちゃんにも月給。」 と、私は言って、茶の間の廊下の外で古い風琴を静かに鳴らしている娘のところへも分けに行った。その時、銀貨・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・決闘ということが、何だか、食後の運動くらいの軽い動作のように思われて来た。やってみようかなあ。私は殺される筈がない。あの男の話によれば、先方の女は、今日はじめて、拳銃の稽古をしていたというではないか。私は学生倶楽部で、何時でも射撃の最優勝者・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・そしてこの物が特別な条件の下に驚くべき快速度で運動する事も分って来た。こういう物の運動に関係した問題に触れ初めると同時に、今までそっとしておいた力学の急所がそろそろ痛みを感ずるようになって来た。ロレンツのごとき優れた老大家は疾くからこの問題・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ そんな風だから、学校へいってもひとりでこっそりと運動場の隅っこで遊んでいたし、友達もすくなかった。学問は好きだったから出来る方の組で、副級長などもやったことがあるが、何しろ欠席が多かったから、十分には勤まらない。先生はどの先生も私を可・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・二六新報の計画した娼妓自由廃業の運動はこの時既に世人の話柄となっていたが、遊里の風俗はなお依然として変る所のなかった事は、『註文帳』の中に現れ来る人物や事件によっても窺い知ることが出来る。『註文帳』は廓外の寮に住んでいる娼家の娘が剃刀の・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・鷺娘がむやみに踊ったり、それから吉原仲の町へ男性、中性、女性の三性が出て来て各々特色を発揮する運動をやったりするのはいいですね。運動術としては男性が一番旨いんだそうですが、私はあの女性が好きだ、好い恰好をしているじゃありませんか。それに色彩・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・そして運動のための散歩の途中で、或る日偶然、私の風変りな旅行癖を満足させ得る、一つの新しい方法を発見した。私は医師の指定してくれた注意によって、毎日家から四、五十町の附近を散歩していた。その日もやはり何時も通りに、ふだんの散歩区域を歩いてい・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ 中学は山の中にあった。運動場は代々木の練兵場ほど広くて、一方は県社○○○神社に続いており、一方は聖徳太子の建立にかかるといわれる国分寺に続いていた。そしてまた一方は湖になっていて毎年一人ずつ、その中学の生徒が溺死するならわしになってい・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・ 右第一より七に至るまで種々の文句はあれども、詰る処婦人の権力を取縮めて運動を不自由にし、男子をして随意に妻を去るの余地を得せしめたるものと言うの外なし。然るに女大学は古来女子社会の宝書と崇められ、一般の教育に用いて女子を警しむるのみな・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・走者は匆卒の際にも常に球の運動に注目しかかる時直ちに進んで険を冒し第二基に入るか退いて第一基に帰るかを決断しこれを実行せざるべからず。第二基より第三基に移る時もまたしかり。第三基より本基に回る時もまたしかり。但第三基は第二基よりも攫者に近く・・・ 正岡子規 「ベースボール」
出典:青空文庫