・・・合うも別れるも野面を吹く風の過ぎ去る如くである。しかし君臣となり、親子、夫婦、朋友、師弟、兄弟となった縁のかりそめならぬことを思い、対人関係に深く心を繋いで生きるならば、事あるごとに身に沁みることが多く考え深くさせられる。対人関係について淡・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・瞬間に過ぎ去るような現象を捕えるのにはやはり「水ぎわまでの間に敵を仕留める」呼吸を要するであろう。またそういう瞬間的な現象でなく持続的な現象でもそれが複雑に入り組んだものである場合にその中から一つの言明を抽出するのはやはり一つの早わざである・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・この時再び家を動かして過ぎ去る風の行えをガラス越しに見送った時、何処とも知れず吹入った冷たい空気が膝頭から胸に浸み通るを覚えた。この時われは裏道を西向いてヨボヨボと行く一人の老翁を認めた。乞食であろう。その人の多様な過去の生活を現わすかのよ・・・ 寺田寅彦 「凩」
・・・歳月人を俟たず、匆々として過ぎ去ることは誠に東坡が言うが如く、「惆悵す東欄一樹の雪。人生看るを得るは幾清明ぞ。」である。甲戌十月記 永井荷風 「十九の秋」
・・・物凄き音の、物凄き人と馬の影を包んで、あっと見る睫の合わぬ間に過ぎ去るばかりじゃ。人か馬か形か影かと惑うな、只呪いその物の吼り狂うて行かんと欲する所に行く姿と思え。 ウィリアムは何里飛ばしたか知らぬ。乗り斃した馬の鞍に腰を卸して、右手に・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・そう云う時、彼女は、只出来得る限りの謙譲で、そのたい風の過ぎ去るのを待つよりほか仕方がなかった。しっかりとくんだ手を胸の上にのせて、汗ばんだ額を仰向けながら、自分達を透して輝く愛の前に跪拝してしまうのである。 そういう激しい亢奮が、生理・・・ 宮本百合子 「無題(三)」
出典:青空文庫