・・・汽車の時間を勘ちがいして、そんな真夜なかに着いたことといい、客引きの腑に落ちかねる振舞いといい、妙に勝手の違う感じがじりじりと来て、頭のなかが痒ゆくなった。夜の底がじーんと沈んで行くようであった。煙草に火をつけながら、歩いた。けむりにむせて・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・「でまた余計なことを云うようですがな、その為めに私の方では如何なる御処分を受けても差支えないという証書も取ってあるのですからな、今度間違うと、直ぐにも処分しますから」 三百は念を押して帰って去った。彼は昼頃までそちこち歩き廻って帰っ・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・もっともこの二人は、それぞれ東京で職を持って相応に身を立てていますから、年に二度三度会いますが、私とは方面が違うので、あまり親しく往来はしないのです。けれども、会えばいつも以前のままの学友気質で、無遠慮な口をきき合うのです。この日も鷹見は、・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・こういうことはやはり正面からの道が一番いいので、ほかから見れば、円満幸福に見えても、一つ一つの生活のはしばしまで、愛の行き渡り方、心のとけ合い方が違うのだ。 それに夫婦生活には必ず、倦怠期があるし、境遇上に不幸が襲うし、相手にそれほどで・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・「それは紙の出どころが違うんだ。札の紙は、王子製紙でこしらえるんだが、これはどうも、その出が違うようだ。」「一寸見ると、殆んど違わないね。」電信隊の兵タイは、蟇口から自分の札を出して、比較してみた。「違わないね。……実際、Five ・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ ケイズ釣というのは釣の中でもまた他の釣と様子が違う。なぜかと言いますと、他の、例えばキス釣なんぞというのは立込みといって水の中へ入っていたり、あるいは脚榻釣といって高い脚榻を海の中へ立て、その上に上って釣るので、魚のお通りを待っている・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・これは四季によって少しずつ違う。起きて直ぐ、蒲団を片付け、毛布をたゝみ、歯を磨いて、顔を洗う。その頃に丁度「点検」が廻わってくる。一隊は三人で、先頭の看守がガチャン/\と扉を開けてゆくと、次の部長が独房の中を覗きこんで、点検簿と引き合せて、・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・殿「それは何んだの相場によって違うが、大抵二十五両ぐらいの通用のものである」七「へえ一枚二十五両ッ……これが一枚あれば家内にぐず/″\いわれる訳はないが、二枚並んでゝも他人の宝を見たって仕方がないな」殿「何をぐず/″\いって居る・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・末ちゃんはお前たちとは違うじゃないか。他からとうさんの家へ帰って来た人じゃないか。」「末ちゃんのおかげで、僕がとうさんにしかられる。」 その時、次郎は子供らしい大声を揚げて泣き出してしまった。 私は家の内を見回した。ちょうど町で・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・けれども私が川端さんから戴いているお手紙の字体と、それから思い出の中の、夢川利一様、著者、という字体とは、少し違うようにも思われるのです。兄は、いつでも、無邪気に人を、かつぎます。まったく油断が、できないのです。ミステフィカシオンが、フラン・・・ 太宰治 「兄たち」
出典:青空文庫