・・・なぜと言えば、―― 半三郎のまず警戒したのは同僚の疑惑を避けることである。これは彼の苦心の中でも比較的楽な方だったかも知れない。が、彼の日記によれば、やはりいつも多少の危険と闘わなければならなかったようである。「七月×日 どうもあの・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・ 女は涙を呑みながら、くるりと神父に背を向けたと思うと、毒風を避ける人のようにさっさと堂外へ去ってしまった。瞠目した神父を残したまま。……… 芥川竜之介 「おしの」
・・・ 陳の語気には、相手の言葉を弾き除けるような力があった。「何もありません。奥さんは医者が帰ってしまうと、日暮までは婆やを相手に、何か話して御出ででした。それから御湯や御食事をすませて、十時頃までは蓄音機を御聞きになっていたようです。・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・が、名を知られ、売れッこになってからは、気振りにも出さず、事の一端に触れるのをさえ避けるようになった。苦心談、立志談は、往々にして、その反対の意味の、自己吹聴と、陰性の自讃、卑下高慢になるのに気附いたのである。談中――主なるものは、茸で、渠・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ 従七位は、白痴の毒気を避けるがごとく、笏を廻して、二つ三つ這奴の鼻の尖を払いながら、「ふん、で、そのおのれが婦は、蜘蛛の巣を被って草原に寝ておるじゃな。」「寝る時は裸体だよ。」「む、茸はな。」「起きとっても裸体だにのう・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・この手紙は牧師の二度と来ぬように、謂わば牧師を避けるために書く積りで書き始めたものらしい。煩悶して、こんな手紙を書き掛けた女の心を、その文句が幽かに照し出しているのである。「先日おいでになった時、大層御尊信なすっておいでの様子で、お話に・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・れた者の運命に違いないという気が強くされて―― 彼は、子供等が庭へ出て居り、また丁度細君も使いに行ってて留守だったのを幸い、台所へ行って擂木で出来るだけその凹みを直し、妻に見つかって詰問されるのを避ける準備をして置かねばならなかった。・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 肉体的耽溺を二人して避けるというようなことも、このより高きものによって慎しみ深くあろうとする努力である。道徳的、霊魂的向上はこうして恋愛のテーマとなってくる。二人が共同の使命を持ち、それを神聖視しつつ、二人の恋愛をこれにあざない合わせ・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・という性質にもなるので感情過多いわゆる水性ということは人生の離合の悲劇を避けるためには最もつつしまねばならぬことだからである。 それでは如何なる場合に合し如何なる場合に離れるべきか。そうした離合の拠るべき法則というものはないのか。それは・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・ 避ける間隙も無かった。彼女は以前の夫の方を振向いた。大塚さんはハッと思って、見たような見ないような振をしながら、そのまま急ぎ足に通り過ぎたが、総身電気にでも打たれたように感じた。「おせんさん――」 と彼女の名を口中で呼んで・・・ 島崎藤村 「刺繍」
出典:青空文庫