・・・ 僕等は弘法麦の茂みを避け避け、(滴をためた弘法麦の中へうっかり足を踏み入れると、ふくら脛の痒そんなことを話して歩いて行った。気候は海へはいるには涼し過ぎるのに違いなかった。けれども僕等は上総の海に、――と言うよりもむしろ暮れかかった夏・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・駐在巡査すら広岡の事件に関係する事を体よく避けた。笠井の娘を犯したものは――何らの証拠がないにもかかわらず――仁右衛門に相違ないときまってしまった。凡て村の中で起ったいかがわしい出来事は一つ残らず仁右衛門になすりつけられた。 仁右衛門は・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ しかるに重体の死に瀕した一日、橘之助が一輪ざしに菊の花を活けたのを枕頭に引寄せて、かつてやんごとなき某侯爵夫人から領したという、浅緑と名のある名香を、お縫の手で焚いてもらい、天井から釣した氷嚢を取除けて、空気枕に仰向けに寝た、素顔は舞台・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ 省作はここにまごまごしていると、すぐ呼びたてられるから、今しばらく家のものの視線を避けようとしていると、おはまが水くみにきた。「省さん、今日はきっと負かしてやります」「ばかいえ、手前なんかに片手だって負けっこなしだ」「そっ・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・それに、発砲を禁じられとったんで、ただ土くれや唐黍の焼け残りをたよりに、弾丸を避けながら進んで行たんやが、僕が黍の根を引き起し、それを堤としてからだを横たえた時、まア、安心と思たんが悪かったんであろ、速射砲弾の破裂に何ともかとも云えん恐ろし・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・たったさっきまで、その名誉のために一命を賭したのでありながら、今はその名誉を有している生活というものが、そこに住う事も、そこで呼吸をする事も出来ぬ、雰囲気のない空間になったように、どこへか押し除けられてしまったように思われるらしい。丁度死ん・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・ その日も、吉雄は、いつものごとくふろしきを除けて、かごを出してやりました。そして、餌をやり、水を換えてやってから、鳥かごを、戸口の柱にかけてやりました。 太陽が、いちばん早く、ここにかけてある鳥かごにさしたからであります。けれども・・・ 小川未明 「ある日の先生と子供」
・・・麦藁帽の下から手拭を垂らして、日を除けながらトボトボ歩きました。京都へ着くと、もう日が暮れていましたが、それでも歩きつづけて、石山まで行ってやっと野宿しました。朝、瀬多川で顔を洗い、駅前の飯屋で朝ごはんを食べると、もう十五銭しか残っていなか・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・事に寄ると、骨は避けているかも知れんから、そうすれば必ず治る。国へ帰って母にも逢える、マ、マ、マリヤにも逢える…… ああ国へはこうと知らせたくないな。一思に死だと思わせて置きたいな。そうでもない偶然おれが三日も四日も藻掻ていたと知れたら・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・「いや、Kは暑を避けたんじゃあるまい。恐らくは小田を勿来関に避けたという訳さ」 斯う彼等の友達の一人が、Kが東京を発った後で云っていた。それほど彼はこの三四ヵ月来Kにはいろ/\厄介をかけて来ていたのであった。 この三四ヵ月程の間・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫