・・・台所から首を出している母らしいひとの眼を彼は避けた。その家が見つかれば道は憶えていた。彼はその方へ歩き出した。 彼は往来に立ち竦んだ。十三年前の自分が往来を走っている! ――その子供は何も知らないで、町角を曲って見えなくなってしまった。・・・ 梶井基次郎 「過古」
・・・を懐にして神崎乙彦が笑いながら庭樹を右に左に避けて縁先の方へ廻る。少女の室の隣室が二人の室なのである。朝田は玄関口へ廻る。「ほら妙なものでしょう。」と少女の指さす方を見ても別に何も見当らない。神崎はきょろきょろしながら、「春子さん、・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・ 肉体的耽溺を二人して避けるというようなことも、このより高きものによって慎しみ深くあろうとする努力である。道徳的、霊魂的向上はこうして恋愛のテーマとなってくる。二人が共同の使命を持ち、それを神聖視しつつ、二人の恋愛をこれにあざない合わせ・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・軍医は、白い顔を傷病者の視線から避け、わざと降る雪に眼を向けていた。 栗本は、ドキリとした。もう、如何に田口から委しいことをきいても、取りかえしはつかない、と感じた。 病室の入り口では護送に行く筈だった看護卒が防寒服をぬぎ、帯剣をは・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・実際大噐晩成先生の在学態度は、その同窓間の無邪気な、言い換れば低級でかつ無意味な飲食の交際や、活溌な、言い換れば青年的勇気の漏洩に過ぎぬ運動遊戯の交際に外れることを除けば、何人にも非難さるべきところのない立派なものであった。で、自然と同窓生・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・ 成程天下多数の人は死を恐怖して居るようである、然し彼等とても死の免がれぬのを知らぬのではない、死を避け得べしとも思って居ない、恐らくは彼等の中に一人でも、永遠の命は愚か、伯大隈の如くに百二十五歳まで生き得べしと期待し、生きたいと希望し・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・浮気はせぬと砂糖八分の申し開き厭気というも実は未練窓の戸開けて今鳴るは一時かと仰ぎ視ればお月さまいつでも空とぼけてまんまるなり 脆いと申せば女ほど脆いはござらぬ女を説くは知力金力権力腕力この四つを除けて他に求むべき道はござらねど権力腕力・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・兄弟であって、同時に競争者――それは二人の子供に取って避けがたいことのように見えた。なるべく思い思いの道を取らせたい。その意味から言っても、私は二人の子供を引き離したかった。「次郎ちゃん、おもしろい話があるんだが、お前はそれを聞いてくれ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・と言ってにこにこして飛んできて、藤さんを除けて自分の隣りへあたる。「よ。姉さんもだよ」という。「よしよし」「何の事なんです」と藤さんは微笑む。「今電話がかかりましてね、……」「ああ今言っちゃいけないんだよ兄さん。あれは姉・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ 第一巻の後記にも書いておいたはずであるが、私はこの選集の毎巻の末尾に少しずつ何か書くことになっているとはいうものの、それは読者の自由な鑑賞を妨げないように、出しゃばった解説はできるだけ避け、おもに井伏さんの作品にまつわる私自身の追憶を・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
出典:青空文庫