・・・それでも己が渡を殺そうと云った、動機が十分でなかったなら、後は人間の知らない力が、(天魔波旬とでも云うが好己の意志を誘って、邪道へ陥れたとでも解釈するよりほかはない。とにかく、己は執念深く、何度も同じ事を繰返して、袈裟の耳に囁いた。 す・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・いかに卑怯なことをしても、ただ勝ちさえ致せば好いと、勝負ばかり心がける邪道の芸でございまする。数馬の芸はそのように卑しいものではございませぬ。どこまでも真ともに敵を迎える正道の芸でございまする。わたくしはもう二三年致せば、多門はとうてい数馬・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・しかし、すくなくと反俗であり、そして、よしんば邪道とはいえ、新しい小説のスタイルを作りあげようという僕の意図は、うぬぼれでなしに、読みとれる筈だ。しかし、僕はこのようなスタイルが黙殺されたことを、悲しまない。僕はさらに新しいスタイルをつくる・・・ 織田作之助 「文学的饒舌」
・・・この二つがまじり合って起こらないなら、それは病的徴候であり、人間性の邪道に傾きを持ってるものとして注意しなければならぬ。 青年にとって性の目ざめは肉体的な、そして霊的な出来ごとである。この湧き上ってくる衝動と、興奮と、美しく誘うが如きも・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・が、何にしろ足利時代には一般にそういう魔法外法邪道の存することが認められていたに疑ない。世が余りに狐を大したものに思うところから、釣狐のような面白い狂言が出るに至った、とこういうように観察すると、釣狐も甚だ面白い。 飯綱の法というといよ・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・このような趣向が、果して芸術の正道であるか邪道であるか、それについてはおのずから種々の論議の発生すべきところでありますが、いまはそれに触れず、この不思議な作品の、もう少しさきまで読んでみることに致しましょう。どうしても、この原作者が、目前に・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・しかし君は、わざと下着の見えるような着附けをしているけれども、それは邪道だぜ。」 その下着は、故郷のお婆さんのおさがりだった。私は、いよいよ面白くない気持で、なおもがぶがぶ、生れてはじめてのひや酒を手酌で飲んだ。一向に酔わない。「ひ・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・あなたは、乃公を邪道に誘惑しようとしている。」と無理に分別顔を装うて言った。「ひどいわ。あたしが軽はずみの好色の念からあなたに言い寄ったとでもお思いなの? ひどいわ。これはみな呉王さまの情深いお取りはからいですわ。あなたをお慰め申すよう・・・ 太宰治 「竹青」
・・・ことにも、私的な生活に就ての弁明を、このような作品の上で行うことは、これは明らかに邪道のように思われる。芸術作品は、芸術作品として、別個に大事に持扱わなければ、いけないようにも思われる。私は、或いは、かの物語至上主義者になりつつあるのかも知・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ 幼いころの神童は、二三年してようやく邪道におちた。いつしか太郎は、村のひとたちからなまけものという名前をつけられていた。惣助もそう言われるのを仕方がないと思いはじめたのである。太郎は六歳になっても七歳になってもほかの子供たちのように野・・・ 太宰治 「ロマネスク」
出典:青空文庫