一 彼の出した五円札が贋造紙幣だった。野戦郵便局でそのことが発見された。 ウスリイ鉄道沿線P―の村に於ける出来事である。 拳銃の這入っている革のサックを肩からはすかいに掛けて憲兵が、大地を踏みなら・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・そして世におのずから骨董の好きな人があるので、骨董を売買するいわゆる骨董屋を生じ、骨董の目ききをする人、即ち鑑定家も出来、大は博物館、美術館から、小は古郵便券、マッチの貼紙の蒐集家まで、骨董畠が世界各国都鄙到るところに開かれて存在しているよ・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ 私たちの家では、坂の下の往来への登り口にあたる石段のそばの塀のところに、大きな郵便箱を出してある。毎朝の新聞はそれで配達を受けることにしてある。取り出して来て見ると、一日として何か起こっていない日はなかった。あの早川賢が横死を遂げた際・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・――郵便の船は午に出るんでしたね」「ええ。ではあとですぐ行李をこちらへ運ばせますから」と、藤さんは張合がなさそうに立って行く。「あ、この花は?」「え?」と出口で振り向いて、「それはあなたにおあげ申したのですわ」 藤さんが・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・しかして丘の上には赤い鐘楼のある白い寺だの、ライラックのさきそろった寺領の庭だの、ジャスミンの花にうもれた郵便局だの、大槲樹の後ろにある園丁の家だのがあって、見るものことごとくはなやかです。そよ風になびく旗、河岸や橋につながれた小舟、今日こ・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・見世物小屋から飛び出して、寒風に吹きまくられ、よろめきながら湯村の村はずれの郵便局にたどりつく。肩で烈しく息をしながら、電文をしたためた。 サンショウミツケタ」テンポウカン」ヨドエムラノヤツ」ユムラニテ 何が何やらわからない電文にな・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・ 伯爵家では郵便が来る度に、跡継ぎの報告を受け取って、その旅行の滞なく捗って行くのを喜び、また自分達の計略の図に当ったのを喜んでいる。金は随分掛かる。しかし構わない。旅行は功を奏するに違いないからである。それに報告が存外立派に書ける。殊・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・それから萩原君を、町の通りの郵便局に訪ねた。ちょうど、執務中なので、君の家の泉州という料理屋に行って待っていた。萩原君はそこの二男か三男で、今はH町の郵便局長をしているが、情深い、義理に固い人であるのは、『日記』の中にもたびたび書いてあった・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・ある日高知から郵便でわれわれ三人で撮った写真がとどいてみんなで見ているところへその女もやって来てそれを手にとって眺めながら「キレーな人は写真でもやっぱりキレーや」というようなことを云った。Rは当時有名な美少年であったがKも相当な好男子であっ・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
・・・ 小野は三吉より三つ年上で、郵便配達夫、煙草職工、中年から文選工になった男で、小学三年までで、図書館で独学し、大正七年の米暴動の年に、津田や三吉をひきいて「熊本文芸思想青年会」を独自に起した、地方には珍らしい人物であった。三吉は彼にクロ・・・ 徳永直 「白い道」
出典:青空文庫