・・・が、私はそれよりも、沖に碇泊した内国通いの郵船がけたたましい汽笛を鳴らして、淡い煙を残しながらだんだん遠ざかって行くのを見やって、ああ、自分もあの船に乗ったら、明後日あたりはもう故郷の土を踏んでいるのだと思うと、意気地なく涙が零れた。海から・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ 場所ばかりではない、時間のうえでも先生の態度はまったく普通の人と違っている。郵船会社の汽船は半分荷物船だから船足がおそいのに、なぜそれをえらんだのかと私が聞いたら、先生はいくら長く海の中に浮いていても苦にはならない、それよりも日本から・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生の告別」
・・・早速、郵船を見ると、どうもガタガタに外がいたんで居るし、内外はピシャンコになって居るし、もう警視庁うらに火が出たし、あぶないと思って、事ム所を裏から大丈夫と知り東京ステーションで Taxi をやとおうとするともう一台もない。しかたがないので・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・この年、父が事務的な用向をもってニューヨークへ赴き、二十歳ばかりの私も伴われた。郵船の伏見丸。左側に献立を印刷し、右手に松と二羽の丹頂鶴の絵を出した封緘にこのたよりはかかれている。裏の航路図に、インクであらましの船位がしるしてある。・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・大正九年の大パニックで破産したのは郵船の株主ではなかった。米一升が五十銭を突破して米騒動がおこった。やっぱりこまったのは民衆であった。 ヨーロッパにおこった第二次大戦の過程のすきをくぐって、満州、中国、南方までのきりとりをたくらんだ結果・・・ 宮本百合子 「便乗の図絵」
出典:青空文庫