・・・そういう不幸がおこったとき、最悪の点は、農村人と都会人との感情の疎隔である。この疎隔さえあれば、支配権力にとってこわいことはない。何故なら、人民の結集する能力は、最も根本で二つに裂かれてしまうのであるから。 このような考えのめぐらしかた・・・ 宮本百合子 「人民戦線への一歩」
・・・――都会人の観賞し易い傾向の勝景――憎まれ口を云えば、幾らか新派劇的趣味を帯びた美観だ。小太郎ケ淵附近の楓の新緑を透かし輝いていた日光の澄明さ。 然し、塩原は人を飽きさす点で異常に成功している。どんな一寸した風変りな河原の石にも、箒川に・・・ 宮本百合子 「夏遠き山」
・・・ 然しながら、ここで云われている庶民性は、都会人性、町人性との区別を分明にしていない。庶民性そのものへの過剰な肯定があることから、散文精神なるものが従来の作家的実践のままでは、とかく無批判的な日暮し描写、或る意味での追随的瑣末描写の中に・・・ 宮本百合子 「文学の大衆化論について」
・・・農村の人々が都会人に対する感情には実にひとくちにいいつくせぬものが籠っているのであるが、それならばといって、都会の住民の九十パーセントは、今日果してどういう現実に生きているのであろうか。 そこには望まずして対立におかれる苦しさの切実なも・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・ 女は都会人らしく気味悪そうに空地の入り口に袂を掻き合わせて佇んでいた。裏の松林からときどき松籟が聞こえた。雑草の蔭に濃い紫菫が咲いていた。 見積りも面倒なく済んで、地形にとりかかった。石川の経験ではすらりと進み過ぎたくらいの仕事で・・・ 宮本百合子 「牡丹」
出典:青空文庫