・・・そこの二階座敷で、江戸の昔を偲ばせるような遠三味線の音を聞きながら、しばらく浅酌の趣を楽んでいると、その中に開化の戯作者のような珍竹林主人が、ふと興に乗って、折々軽妙な洒落を交えながら、あの楢山夫人の醜聞を面白く話して聞かせ始めました。何で・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ 醜聞 公衆は醜聞を愛するものである。白蓮事件、有島事件、武者小路事件――公衆は如何にこれらの事件に無上の満足を見出したであろう。ではなぜ公衆は醜聞を――殊に世間に名を知られた他人の醜聞を愛するのであろう? グルモンはこ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ジャーナリストの醜聞。それはかつて例の無かった事ではあるまいか。自分の死が、現代の悪魔を少しでも赤面させ反省させる事に役立ったら、うれしい。」 などと、本当につまらない馬鹿げた事が、その手紙に書かれていました。男の人って、死ぬる際まで、・・・ 太宰治 「おさん」
・・・あんな意気地無しの卑屈な怠けものには、そのような醜聞が何よりの御自慢なのだ。そうして顔をしかめ、髪をかきむしって、友人の前に告白のポオズ。ああ、おれは苦しい、と。あの人の夜霧に没する痩せたうしろ姿を見送り、私は両肩をしゃくって、くるりと廻れ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・取りかえしの出来ぬ大醜聞。私は、ひとの恥辱となるような感情を嗅ぎわけるのが、生れつき巧みな男であります。自分でもそれを下品な嗅覚だと思い、いやでありますが、ちらと一目見ただけで、人の弱点を、あやまたず見届けてしまう鋭敏の才能を持って居ります・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・君みたいな助平ったれの、小心ものの、薄志弱行の徒輩には、醜聞という恰好の方法があるよ。まずまあ、この町内では有名になれる。人の細君と駈落ちしたまえ。え?」 僕はどうでもよかった。酒に酔ったときの青扇の顔は僕には美しく思われた。この顔はあ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・フィクションを、この国には、いっそうその傾向が強いのではないかと思われるのであるが、どこの国の人でも、昔から、それを作者の醜聞として信じ込み、上品ぶって非難、憫笑する悪癖がある。たしかに、これは悪癖である。私は、いまにして思い当る。プウシュ・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・る所なからんとするは、気力乏しき人にとりて随分一難事とも称すべきものなるが故に、西洋の男女独り木石にあらずまた独り強者にあらず、俗にいう穴探しの筆法を以てその社会の陰処を摘発するにおいては、千百の醜行醜聞、枚挙に遑あらず。我輩は親しくその国・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・モーロアは、フランスの敗因をいくつかあげて、その一つの重要なものとして、ダラディエとレイノーの私的な憎悪や醜聞を面白可笑しく喋っている。空々しく、イギリスの政治家は潔白な生活をしているなどと云っているけれども、そして、フランスの防衛の準備が・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・その時分ロシアの辺鄙な田舎の果でもツァーの官吏や司祭らが、どんな腐敗した醜聞的日常生活を営んでいたかは、その時の経験を書いた「番人」その他にはっきり現れている。 ニージュニイで再び急進的インテリゲンツィアの群に加わった。情勢は移って「資・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの人及び芸術」
出典:青空文庫