・・・ されば、外国文を翻訳する場合に、意味ばかりを考えて、これに重きを置くと原文をこわす虞がある。須らく原文の音調を呑み込んで、それを移すようにせねばならぬと、こう自分は信じたので、コンマ、ピリオドの一つをも濫りに棄てず、原文にコンマが三つ・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・の時には生人形を拵えるというのが自分で付けた註文で、もともと人間を活かそうというのだから、自然、性格に重きを置いたんだが、今度の「平凡」と来ちゃ、人間そのものの性格なんざ眼中に無いんさ。丸ッきり無い訳ではないが、性格はまア第二義に落ちて、そ・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・芭蕉、去来はむしろ天然に重きを置き、其角、嵐雪は人事を写さんとして端なく佶屈牙に陥り、あるいは人をしてこれを解するに苦しましむるに至る。かくのごとく人は皆これを難しとするところに向って、ひとり蕪村は何の苦もなく進み思うままに濶歩横行せり。今・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ ドッテテドッテテ、ドッテテド 肩にかけたるエボレット 重きつとめをしめすなり。」 二人の影ももうずうっと遠くの緑青いろの林の方へ行ってしまい、月がうろこ雲からぱっと出て、あたりはにわかに明るくなりました。 でんしん・・・ 宮沢賢治 「月夜のでんしんばしら」
・・・てなぎたおされんものをあさりつつ死は音もなく歩み頭蓋の縫目より呪文をとなえ底なき瞳は世のすべてをすかし見て生あるものやがては我手に落ち来るを知りて 嘲笑う――重き夜の深き眠りややさめて青白き・・・ 宮本百合子 「片すみにかがむ死の影」
・・・ けれ共、それは割合に、作者自身あんまり重きを置いて居られないらしく見える。 紅葉山人の筆があって露伴先生の頭があったらと思う。あんまり沢山読んで居るのでもないしするから、よくわからないけれ共、露伴先生よりは、紅葉山人の方が人物の描・・・ 宮本百合子 「紅葉山人と一葉女史」
・・・それだから政治をするには、今でも多数を動かしている宗教に重きを置かなくてはならない。ドイツは内治の上では、全く宗教を異にしている北と南とを擣きくるめて、人心の帰嚮を繰って行かなくてはならないし、外交の上でも、いかに勢力を失墜しているとは云え・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・殊に彼はルイザを娶ってから彼に皇帝の重きを与えた彼の最も得意とする外征の手腕を、まだ一度も彼女に見せたことがなかった。 ナポレオン・ボナパルトのこの大遠征の規模作戦の雄大さは、彼の全生涯を通じて最も荘厳華麗を極めていた。彼は国内の三十万・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・「言葉というものに重きを置けば置くほど、私は言葉の力なさ、不自由さを感ずる。自分等の思うことがいくらも言葉で書きあらわせるものでないと感ずる。そこで私には、物が言い切れない」。岩野泡鳴のように、あけ放しに物の言える人から見ると、藤村の書いた・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
・・・にたつ人の身の霊的興奮である。吾人は「愛」に重きを置く、公爵家の若君は母堂を自動車に載せて上野に散策し、山奥の炭焼きは父の屍を葬らんがために盗みを働いた。いずれが孝子であるか、今の社会にはわからぬ。親の酒代のために節操を棄て霊を離るる女が孝・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫