・・・如何にも貧相に厚みも重みもない物置小屋のように見えた。往来の上に縦横の網目を張っている電線が透明な冬の空の眺望を目まぐるしく妨げている。昨日あたり山から伐出して来たといわぬばかりの生々しい丸太の電柱が、どうかすると向うの見えぬほど遠慮会釈も・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・無論マクベスの発端のように行数は短かくても、興味の上において全篇を貫く重みのあるものは論外であるが、平々凡々たるしかも十行内外の一段を設けるのは、話しの続きをあらわすためやむをえず挿入したのだと見え透くように思われる。換言すれば彼の戯曲のあ・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・そうして過渡期の日本の社会道徳にそむいて、私の歩を相互に進めることなしに、意志の重みをはじめから監督者たる父母に寄せかけた彼の行ないぶりを快く感じた。そこで彼の依頼を引き受けた。 さっそく妻をやって先方へ話をさせてみると、妻は女の母の挨・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・真の理想をあらわし得る人は、美の理想をあらわし得る人と、同様の権利と重みとをもって、人生に触れるのであります。善の理想を示し得る人は壮の理想を示し得る人と、同様の権利と重みをもって、人生に触れたものであります。いずれの理想をあらわしても、同・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・その秘密らしい背景の上に照り輝いて現われている美しい手足や、その謎めいた、甘いような苦いような口元や、その夢の重みを持っている瞼の飾やが、己に人生というものをどれだけ教えてくれたか。己の方からその中へ入れた程しきゃ出して見せてはくれなかった・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・過去の日本における結婚が女の生涯を縛りつけた重みの中には、生まされた子を育てるという悲しむべき受動性も勘定に入れられなければならないだろう。 葉子の鋭い感情の中でこの生々しい部分は何か安易にまとめられて描かれている。葉子自身が母の心とい・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・ さほ子は、時々足をかえて、一方から一方へと体の重みをうつしながら、何時迄も良人の椅子の傍に佇んでいた。 十二月の晴々した日かげは、斜めに明るく彼等の足許を照し、新しい家の塗料の微かな匂いと花の呼吸するほのかな香とが、冬枯れた戸外を・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・ 家族の中から沢山の人が兵隊にとられて生活の事情が今までよりも困難になった為に、家庭生活の重みが少女達の肩にも幾分かずつ掛りはじめたということもあります。また学校の教育方針が急に変って、今までは自分の好きな髪に結って居ってもよかったのが・・・ 宮本百合子 「美しく豊な生活へ」
・・・ 第八の娘は両臂を自然の重みで垂れて、サントオレアの花のような目は只じいっと空を見ている。 一人の娘が又こう云った。「馬鹿に小さいのね」 今一人が云った。「そうね。こんな物じゃあ飲まれはしないわ」 今一人が云った。・・・ 森鴎外 「杯」
・・・そうして、馬糞の重みに斜めに突き立っている藁の端から、裸体にされた馬の背中まで這い上った。 二 馬は一条の枯草を奥歯にひっ掛けたまま、猫背の老いた馭者の姿を捜している。 馭者は宿場の横の饅頭屋の店頭で、将棋を・・・ 横光利一 「蠅」
出典:青空文庫