・・・会場は支那の村落に多い、野天の戯台を応用した、急拵の舞台の前に、天幕を張り渡したに過ぎなかった。が、その蓆敷の会場には、もう一時の定刻前に、大勢の兵卒が集っていた。この薄汚いカアキイ服に、銃剣を下げた兵卒の群は、ほとんど看客と呼ぶのさえも、・・・ 芥川竜之介 「将軍」
上 いつごろの話だか、わからない。北支那の市から市を渡って歩く野天の見世物師に、李小二と云う男があった。鼠に芝居をさせるのを商売にしている男である。鼠を入れて置く嚢が一つ、衣装や仮面をしまって置く・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・小さな声で、明日の夕方、近所の石河岸まで若旦那様に来て頂けないでしょうかと云うんだ。野天の逢曳は罪がなくって好い。」と、笑を噛み殺した容子でした。が、元より新蔵の方は笑う所の騒ぎじゃなく、「じゃ石河岸ときまったんだね。」と、もどかしそうに念・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ひとり恥ずかしく日夜悶悶、陽のめも見得ぬ自責の痩狗あす知れぬいのちを、太陽、さんと輝く野天劇場へわざわざ引っぱり出して神を恐れぬオオルマイティ、遅疑もなし、恥もなし、おのれひとりの趣味の杖にて、わかきものの生涯の行路を指定す。かつは罰し、か・・・ 太宰治 「創生記」
・・・ 沓掛駅の野天のプラットフォームに下りたった時の心持は、一駅前の軽井沢とは全く別である。物々しさの代りに心安さがある。 星野温泉行のバスが、千ヶ滝道から右に切れると、どこともなくぷんと強い松の匂いがする。小松のみどりが強烈な日光に照・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・ たとえば野獣も盗賊もない国で、安心して野天や明け放しの家で寝ると、風邪を引いて腹をこわすかもしれない。○を押さえると△があばれだす。天然の設計による平衡を乱す前には、よほどよく考えてかからないと危険なものである。・・・ 寺田寅彦 「蛆の効用」
・・・柱や手すりを白樺の丸太で作り、天井の周縁の軒ばからは、海水浴場のテントなどにあるようなびらびらした波形の布切れをたれただけで、車上の客席は高原の野天の涼風が自由に吹き抜けられるようにできている。天井裏にはシナふうのちょうちんがいくつもつるし・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・ 一昨年初めて来たとき、軽井沢駅のあの何となく物々しい気分に引きかえてこの沓掛駅の野天吹曝しのプラットフォームの謙虚で安易な気持がひどく嬉しかったことを思い出した。 H温泉池畔の例年の家に落着いた。去年この家にいた家鴨十数羽が今年は・・・ 寺田寅彦 「高原」
・・・ たとえば野獣も盗賊もない国で安心して野天や明け放しの家で寝ると風邪をひいて腹をこわすかもしれない。○を押えると△があばれだす。天然の設計による平衡を乱す前にはよほどよく考えてかからないと危険なものである。 十一 毛ぎら・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・野球の場合とちがって野天ではなく大きな円頂蓋状の屋根でおおわれた空間の中であるだけに、観客群衆のどよみがよくきこえる。行司の古典的荘重さをもった声のひびきがちゃんと鉄傘下の大空間を如実に暗示するような音色をもってきこえるのがおもしろい。観客・・・ 寺田寅彦 「相撲」
出典:青空文庫