・・・市長は今後名古屋市に限り、野犬撲殺を禁ずると云っている。 読売新聞。小田原町城内公園に連日の人気を集めていた宮城巡回動物園のシベリヤ産大狼は二十五日午後二時ごろ、突然巌乗な檻を破り、木戸番二名を負傷させた後、箱根方面へ逸走した。小田原署・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・その手段として、警察では、ほろのついた、大きな野犬運ぱん用のはこ車をつくり、それを馬にひかせて、飼主のわからない犬を見つけると、片はしからつかまえてつんでいき、きまった撲殺場へもってって殺しました。 ほろ馬車のはこは、鉄のこうしがはまっ・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・往来に、あるいは佇み、あるいはながながと寝そべり、あるいは疾駆し、あるいは牙を光らせて吠えたて、ちょっとした空地でもあるとかならずそこは野犬の巣のごとく、組んずほぐれつ格闘の稽古にふけり、夜など無人の街路を風のごとく、野盗のごとくぞろぞろ大・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・警察署の裏、北向きの留置場では花時でも薄暗く、演武場の竹刀の音、すぐ横の石炭置場の奥にある犬小舎でキャン、キャンけたたましく啼き立てる野犬の声などがする。 南京虫が出て、おちおち眠られない。「夏になったらそれこそえらいもんだ。去年こ・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・雨戸の閉った玄関傍のつわ蕗や沈丁花の下には、いやと云う程、野犬の荒した跡がある。 隣りとの境の垣根もすけすけになった処には、塵くたが無責任に放り込んである。 余り空が明るく、太陽の光りが美しいので、幾十日か人気なく捨てられて居た家は・・・ 宮本百合子 「又、家」
出典:青空文庫