金魚鉢にいれてあるすいれんが、かわいらしい黄色な花を開きました。どこから飛んできたか小さなはちがみつを吸っています。勇ちゃんは日当たりに出て、花と水の上に映った雲影をじっとながめながら、「木田くんは、どうしたろうな。」と、思いまし・・・ 小川未明 「すいれんは咲いたが」
・・・ いつか、私は、井伏さんと一緒に、所謂早稲田界隈に出かけたことがあったけれども、その時の下宿屋街を歩いている井伏さんの姿には、金魚鉢から池に放たれた金魚の如き面影があった。 私は、その頃まだ学生であった。しかし、早稲田界隈の下宿生活・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・いや、笑われたって、どう仕様も無いんです。金魚鉢のメダカが、鉢の底から二寸くらいの個所にうかんで、じっと静止して、そうしておのずから身ごもっているように、私も、ぼんやり暮しながら、いつとはなしに、どうやら、羞ずかしい恋をはじめていたのでした・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・しかし、それは、金魚鉢に金魚藻を投入したときの、多少の混濁の如きものではないかと思われる。 それでは、私は今月は何を言うべきであろうか。ダンテの地獄篇の初めに出てくるあのエルギリウスとか何とかいう老詩人の如く、余りに久しくもの言わざりし・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・植木鉢や、金魚鉢が、要所要所に置かれて、小ざっぱりした散髪屋である。暑いときには、散髪に限ると思った。「うんと、うしろを短く刈り上げて下さい。」口の重い私には、それだけ言うのも精一ぱいであった。そう言って鏡を見ると、私の顔はものものしく・・・ 太宰治 「美少女」
・・・ 忘れても二度と夏の夜の金魚鉢に木のふたをしないことである。 十六 野中兼山が「椋鳥には千羽に一羽の毒がある」と教えたことを数年前にかいた随筆中に引用しておいたら、近ごろその出典について日本橋区のある女学校の・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・其処から窓の方へ下る踏板の上には花の萎れた朝顔や石菖やその他の植木鉢が、硝子の金魚鉢と共に置かれてある。八畳ほどの座敷はすっかり渋紙が敷いてあって、押入のない一方の壁には立派な箪笥が順序よく引手のカンを并べ、路地の方へ向いた表の窓際には四、・・・ 永井荷風 「夏の町」
出典:青空文庫