・・・そんなこと言って、なんとかして当面の切なさから逃れたいと努めてみるのだが、なにせ、どうも、乳母のつるが、毎日せっせと針仕事していた、その同じ箇所にあぐらかいて坐って、酒をのんでいるのでは、うまく酔えよう道理が無かった。ふと見ると、すぐ傍に、・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・るか、子供があったら、まあその子供の家にお世話になるという事になるんだろうが、これだって自分の家ではない、寓居だ、そのように三界に家なしと言われる程の女が、別にその孤独を嘆ずるわけでもなし、あくせくと針仕事やお洗濯をして、夜になると、その他・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・ 田舎女は田舎女らしく、音楽会や映画にも行かず家の中で黙って針仕事をしている事は、わるい事ですか? 小説も読まず酒も飲まず行儀をよくして男のひとと間違いを起さないというのは、悪い事ですか? 野中が先刻、間違いをしない人間は薄情だと言いました・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・この花の散る窓の内には内気な娘がたれこめて読み物や針仕事のけいこをしているのであった。自分がこの家にはじめて来たころはようよう十四五ぐらいで桃割れに結うた額髪をたらせていた。色の黒い、顔だちも美しいというのではないが目の涼しいど・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・夕飯後は、それで、緩くりと本を読むなり、一寸した針仕事をするなり定ってはいない様子です。 翌日は九時過ぎから通い女中が来て、手伝って部屋部屋の丁寧な掃除が始ります。花を新しく飾ったり、椅子の置き場所を代えたり、一つ部屋もなるたけ目先を変・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
出典:青空文庫