・・・「いえ、こちらへ上がったのは水道の鉄管を抜けてきたのです。それからちょっと消火栓をあけて……」「消火栓をあけて?」「旦那はお忘れなすったのですか? 河童にも機械屋のいるということを。」 それから僕は二三日ごとにいろいろの河童・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・声が一所で、同音に、もぐらもちが昇天しようと、水道の鉄管を躍り抜けそうな響きで、片側一条、夜が鳴って、哄と云う。時ならぬに、木の葉が散って、霧の海に不知火と見える灯の間を白く飛ぶ。 なごりに煎豆屋が、かッと笑う、と遠くで凄まじく犬が吠え・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・しかしこれはむろん省かなくてはならぬ、なぜならば我々は農商務省の官衙が巍峨として聳えていたり、鉄管事件の裁判があったりする八百八街によって昔の面影を想像することができない。それに僕が近ごろ知合いになったドイツ婦人の評に、東京は「新しい都」と・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・ 二 圧搾空気の鉄管にくゝりつけた電球が薄ぼんやりと漆黒の坑内を照している。 地下八百尺の坑道を占領している湿っぽい闇は、あらゆる光を吸い尽した。電燈から五六歩離れると、もう、全く、何物も見分けられない。土と、・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・かけ出した各消防署のポンプも、地震で水道の鉄管がこわれて水がまるで出ないので、どうしようにも手のつけようがなく、ところにより、わずかに堀割やどぶ川の水を利用して、ようやく二十二、三か所ぐらいは消しとめたそうですが、それ以上にはもう力がおよば・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・ 田中館先生が電流による水道鉄管の腐蝕に関する研究をされた時、やはりこの池の水中でいろいろの実験をやられたように聞いている。その時に使われた鉄管の標本が、まだ保存されているはずである。 月島丸が沈没して、その捜索が問題となった時に、・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・二、三十尺の高さに噴き上げている水と蒸気を止めるために大勢の人夫が骨を折って長三間、直径二インチほどの鉄管に砂利をつめたのをやっと押し込んだが噴泉の力ですぐに下から噴き戻してしまうので、今度は鉄管の中に鉄棒を詰めて押し入れたらやっと噴出が止・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
・・・それはちょうど鉄鎚で鉄管の端を縦にたたくような音である。不意に自分のベットの足もとのほうでチョロ/\/\と水のわき出すような音がしばらくつづいて、またぱったりやむ。鉄管をたたくような音がだんだん近くなって来ると、今度は隣室との境の壁の下かと・・・ 寺田寅彦 「病院の夜明けの物音」
・・・このあたりまで来ると、運河の水もいくらか澄んでいて、荷船の往来もはげしからず、橋の上を走り過るトラックも少く、水陸いずこを見ても目に入るものは材木と鉄管ばかり。材木の匂を帯びた川風の清凉なことが著しく感じられる。深川もむかし六万坪と称えられ・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
出典:青空文庫