・・・鳥瞰図式の粗雑なものはあったが、図がはなはだしく歪められているので正確な距離や方角の見当がつかないし、またどのくらい信用出来るかも不明である。鉄道省で出来た英文のモーターロードマップがあって、これは便利であるが、あまりに簡単でその道路と他の・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・ 上野公園地丘陵の東麓に鉄道の停車場が設けられたのは明治十六年七月である。停車場及鉄道線路の敷地となった処には維新前には下寺と呼ばれた寛永寺所属の末院が堂舎を連ねていた。此処に停車場を建てて汽車の発着する処となしたのは上野公園の風趣を傷・・・ 永井荷風 「上野」
・・・この鉄道は誰が敷設したという事は素人にはあまり参考になりません。この講堂は誰が作ったって問題にならない。あすこにぶらさがってるランプだか、電気だか何だか知らないが、これには何の personality もない。即ち自然の法則を apply ・・・ 夏目漱石 「無題」
・・・特にその繁華なU町へは、小さな軽便鉄道が布設されていた。私はしばしばその鉄道で、町へ出かけて行って買物をしたり、時にはまた、女のいる店で酒を飲んだりした。だが私の実の楽しみは、軽便鉄道に乗ることの途中にあった。その玩具のような可愛い汽車は、・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・数年の後、奥羽地方に鉄道を通ずるの日には、今の蒸気船便もまた、はなはだ遅々たるを覚ゆることならん。 ゆえに、古人の便利とするところは、今日はなはだ不便なり。今日の便利は、今後また不便とならん。古人は今を知らずして、当時の事物を便利なりと・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・市区改正はどれだけ捗取ったか、市街鉄道は架空蓄電式になったか、それとも空気圧搾式になったかしらッ。中央鉄道は聯絡したかしらッ。支那問題はどうなったろう。藩閥は最う破れたかしらッ。元老も大分死んでしまったろう。自分が死ぬる時は星の全盛時代であ・・・ 正岡子規 「墓」
・・・それだけならぼくは冬に鉄道へ出ても行商してもきっと取り返しをつける。けれども、あれぐらい手入をしてあれぐらい肥料を考えてやってそれでこんなになるのならもう村はどこももっとよくなる見込はないのだ。ぼくはどこへも相談に行くとこがない。学校へ行っ・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・レールの幅は狭軌で能率のわるい鉄道ながら、ともかく日本には明治以来鉄道が普及しているし、それと同じに天皇制軍国主義的国民教育というものが、明治以来全国にしみとおっています。これは、封建的な主従関係での忠義の感情にいきなりむすびついて「奉公」・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・金田町の鉄道線路に近い処に、長い間廃寺のようになっていた寧国寺という寺がある。檀家であった元小倉藩の士族が大方豊津へ遷ってしまったので、廃寺のようになったのであった。辻堂を大きくしたようなこの寺の本堂の壁に、新聞反古を張って、この坊さんが近・・・ 森鴎外 「独身」
・・・そしてフランチェンスウェヒを横切って、ウルガルン王国の官有鉄道の発起点になっている堤の所へ出掛けた。 ここはいつもリンツマンの檀那の通る所である。リンツマンの檀那と云うのは鞣皮製造所の会計主任で、毎週土曜日には職人にやる給料を持ってここ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
出典:青空文庫