・・・切めて山本伯の九牛一毛なりとも功名心があり、粘着力があり、利慾心があり、かつその上に今少し鉄面皮であったなら、恐らく二葉亭は二葉亭四迷だけで一生を終らなかったであろう。 が、方頷粗髯の山本権兵衛然たる魁偉の状貌は文人を青瓢箪の生白けた柔・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・けれども、それを、口に出して、はっきり言わなければ、ひとは、いや、おまえだって、私の鉄面皮の強さを過信して、あの男は、くるしいくるしい言ったって、ポオズだ、身振りだ、と、軽く見ている。」 かず枝は、なにか言いだしかけた。「いや、いい・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・私はこの犬の鉄面皮には、ひそかに呆れ、これを軽蔑さえしたのである。長ずるに及んで、いよいよこの犬の無能が暴露された。だいいち、形がよくない。幼少のころには、も少し形の均斉もとれていて、あるいは優れた血が雑っているのかもしれぬと思わせるところ・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・其の独りを慎んで古聖賢の道を究め、学んで而して時に之を習っても、遠方から福音の訪れ来る気配はさらに無く、毎日毎日、忍び難い侮辱ばかり受けて、大勇猛心を起して郷試に応じても無慙の失敗をするし、この世には鉄面皮の悪人ばかり栄えて、乃公の如き気の・・・ 太宰治 「竹青」
・・・、酒はつまらぬと言ったってね、口髭をはやしたという話を聞いたが、嘘かい、とにかく苦心談とは、恐れいったよ、謹聴々々、などと腹の虫が一時に騒ぎ出して来る仕末なので、作者は困惑して、この作品に題して曰く「鉄面皮」。どうせ私は、つらの皮が厚いよ。・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・あたしは、ちっとも、鉄面皮じゃない。生ける屍、そんなきざな言葉でしか言い表わせませぬ。あたし、ちっとも有頂天じゃない。それを知って下さるのは、あなただけです。あたしを、やっつけないで下さい。おねがい。見ないふりしていて下さい。あたしは、精一・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・無心の小児が父を共にして母を異にするの理由を問い、隣家には父母二人に限りて吾が家に一父二、三母あるは如何などと、不審を起こして詰問に及ぶときは、さすが鉄面皮の乃父も答うるに辞なく、ただ黙して冷笑するか顧みて他を言うのほかなし。即ちその身の弱・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
出典:青空文庫