・・・ 烏賊が枝へ上って、鰭を張った。「印半纏見てくんねえ。……鳶職のもの、鳶職のもの。」 そこで、蛤が貝を開いて、「善光寺様、お開帳。」とこう言うのである。 鉈豆煙管を噛むように啣えながら、枝を透かして仰ぐと、雲の搦んだ暗い・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 出刃を落した時、赫と顔の色に赤味を帯びて、真鍮の鉈豆煙草の、真中をむずと握って、糸切歯で噛むがごとく、引啣えて、「うむ、」 と、なぜか呻る。 処へ、ふわふわと橙色が露われた。脂留の例の技師で。「どうですか、膃肭臍屋さん・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・とやっぱり頭をかいていたがポケットから鹿皮のまっ黒になった煙草入れとひしゃげた鉈豆煙管とを取り出した。ところがあいにくと煙草はごみまじりの粉ばかり、そのまままたポケットにしまいこんだのを見て、石井翁は「朝日」を袋とも出して、「サアおすい・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・皮製で財布のような恰好をした煙草入れに真鍮の鉈豆煙管を買ってもらって得意になっていた。それからまた胴乱と云って桐の木を刳り抜いて印籠形にした煙草入れを竹の煙管筒にぶら下げたのを腰に差すことが学生間に流行っていて、喧嘩好きの海南健児の中にはそ・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・はじめて保護観察所によばれたとき、この毛利が鉈豆煙管をさげて出てきて、「どうだね、悪いことをしたと思うかね。」と言った。そのときの感情は生涯忘れないだろう。八月。マクシム・ゴーリキイの伝記を書きはじめた。熱中して三分の一ほど書いたが・・・ 宮本百合子 「年譜」
出典:青空文庫