・・・二枚のうち、一枚が千円の当りくじだったが、もともと落ちついた人なので、あわてず騒がず、家族の者たちにもまた同僚にも告げ知らせず、それから数日経って出勤の途中、銀行に立ち寄って現金を受け取り、家庭の幸福のためには、ケチで無いどころか万金をも惜・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
ウィインで頗る勢力のある一大銀行に、先ずいてもいなくても差支のない小役人があった。名をチルナウエルと云う小男である。いてもいなくても好いにしても、兎に角あの大銀行の役をしているだけでも名誉には違いない。 この都に大勢いる銀行員と云・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・それが友だちと二人で悪漢の銀行破りの現場に虜になって後ろ手に縛られていながら、巧みにナイフを使って火災報知器の導線を短絡させて消防隊を呼び寄せるが、火の手が見えないのでせっかく来た消防が引き上げてしまう。それでもう一ぺん同じように警報を発し・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・そうして熊の出ない東京には熊より恐ろしいギャングが現われて銀行を襲ったという記事で新聞が賑わった。色々のイズムはどんな大洋を越えてでも自由に渡って来るのである。 市が拡張されて東京は再び三百年前の姿に後戻りをした。東京市何区何町の真中に・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・ 湯から上がると、定連の辰之助や、道太の旧知の銀行員浅井が来ていた。六 観劇は案じるよりも産みやすかった。 季節が秋に入っていたので、夜の散歩には、どうかするとセルに袷羽織を引っかけて出るほどで、道太はお客用の褞袍を・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・唯横浜正金銀行と三井物産会社とが英租界の最も繁華な河岸通にあったのだという。 美租界と英租界との間に運河があって、虹口橋とか呼ばれた橋がかかっていた。橋をわたると黄浦江の岸に臨んで洋式の公園がある。わたくしは晩餐をすましてから、会社の人・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・それを合算すると、つまり銀行の帳簿のように収入と支出と平均します。すなわち人のためにする仕事の分量は取りも直さず己のためにする仕事の分量という方程式がちゃんと数字の上に現われて参ります。もっとも吝で蓄めている奴があるかも知れないが、これは例・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・左れば前に言う婦人の心得として経済法律云々も、所謂銀行者弁護士流の筆法を取て直に之を婦人に勧むるに非ず。在昔の武家の婦人が九寸五分の懐剣を懐中するに等しく、専ら自衛の嗜みなりと知る可し。一 若き時は夫の親類友達下部等の若男には打・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・一九三〇年の今日、朝鮮銀行の金棒入りの窓の中には、ソヴェト当局によって封印された金庫がある。〔一九三一年一、二月〕 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・伯林の国立銀行の広間の人ごみの間で、私は不図自分にそそがれている視線を感じ、振りかえってその方を見たら、そこにはまがうかたなき漱石の面影をもった一人の若者が佇んでいた。ヴァイオリンが上手だときいた漱石の長男とはこのひとか。どちらかというと背・・・ 宮本百合子 「鴎外・漱石・藤村など」
出典:青空文庫