・・・後備旅団の一箇聯隊が着いたので、レールの上、家屋の蔭、糧餉のそばなどに軍帽と銃剣とがみちみちていた。レールを挾んで敵の鉄道援護の営舎が五棟ほど立っているが、国旗の翻った兵站本部は、雑沓を重ねて、兵士が黒山のように集まって、長い剣を下げた士官・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・彼らは銃剣で敵を突き刺し、その辮髪をつかんで樹に巻きつけ、高粱畠の薄暮の空に、捕虜になった支那人の幻想を野曝しにした。殺される支那人たちは、笛のような悲声をあげて、いつも北風の中で泣き叫んでいた。チャンチャン坊主は、無限の哀傷の表象だった。・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・ 歩哨はスナイドル式の銃剣を、向こうの胸に斜めにつきつけたまま、その眼の光りようや顎のかたち、それから上着の袖の模様や靴のぐあい、いちいち詳しく調べます。「よし、通れ」 伝令はいそがしく羊歯の森のなかへはいって行きました。 ・・・ 宮沢賢治 「ありときのこ」
・・・石の屋根の下にいら草の繁みをわけて三十本あまり銃剣が地上に突出されたままになっている。ここで隊列を敷いていたフランス兵たちが生きながら瞬間に爆弾の土砂に埋められた。 更に一ヤードほど登った前方の草の間に、金の輪でも落ちているように光を放・・・ 宮本百合子 「女靴の跡」
・・・静かな欅の梢の間に、ラッパの音が響き、銃剣が閃くようになった。学校の女生徒たちは、学徒動員で働きに出て行かなければならないが、寄宿舎はやはり営まれていて、皆がそこに暮していた。 ところが駐屯して来た軍隊は、その学校の表門にかけてある看板・・・ 宮本百合子 「結集」
・・・ 出征兵士の相当ある地方では、出征兵士の家族の若い婦人たちを茶話会、或いはその他の形であつめ、ブルジョアのバラまく戦争へのアジ、例えば桜井忠温の「銃剣は耕す」などという軍事通信の曝露をやり、次第にサークルへ組織して行くようなことも考えら・・・ 宮本百合子 「国際無産婦人デーに際して」
・・・この画というのは、巨大な軍服に白手袋の魯国が仰向きに倒れんとして辛くも首と肱とで体を支えている腹の上に、身長五分ばかりの眉目の吊上った日本兵がのって銃剣をつきつけているイギリス漫画である。三十二年後の今日の漫画家は果してどのようなカトゥーン・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・舳先に歩哨の銃剣が燭火のように光っている。艀舟の中は静寂で月の光が豊かに濯いでいる。ゴーリキイは、昼間の疲れと景色の美しさに恍惚としつつ思うのであった。「善良な人間になりたい。沢山の人々にとって大切な人間になりたい――。」『タラス・ブーリバ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫