・・・ いきなり卓子の上へショオルだの、信玄袋だのがどさどさと並びますと、連の若い男の方が鉄砲をどしりとお乗せなすった。銃口が私の胸の処へ向きましたものでございますから、飛上って旦那様、目もくらみながらお辞儀をいたしますると、奥様のお声で、・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・にじり上がりの屏風の端から、鉄砲の銃口をヌッと突き出して、毛の生えた蟇のような石松が、目を光らして狙っております。 人相と言い、場合と申し、ズドンとやりかねない勢いでごさいますから、画師さんは面喰らったに相違ございますまい。(天罰は立ち・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・殺伐な、無味乾燥な男ばかりの生活と、戦線の不安な空気は、壁に立てかけた銃の銃口から臭う、煙哨の臭いにも、カギ裂きになった、泥がついた兵卒の軍衣にも現れていた。 ボロ/\と、少しずつくずれ落ちそうな灰色の壁には、及川道子と、川崎弘子のプロ・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・ある者は、銃口から煙が出ている銃を投げ出して、雪を掴んで食った。のどが乾いているのだ。「いつまでやったって切りがない。」「腹がへった。」「いいかげんで引き上げないかな。」「俺等がやめなきゃ、いつまでたったってやまるもんか。奴・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・自分の同志や、親爺や兄弟に向って銃口をさしむけることを強いられる。 そればかりではない。帝国主義的発展の段階に這入った資本主義は、その商品市場を求めるためと、原料を持って来るために、新しく植民地の分割を企図する。植民地の労働者をベラ棒に・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・ こっちに散らばっている兵士の銃口から硝煙がパッと上る。すると、包囲線をめがけて走せて来る汚れた短衣や、縁なし帽がバタバタ人形をころばすようにそこに倒れた。「無茶なことに俺等を使いやがる!」栗本は考えた。 傾斜面に倒れた縁なし帽・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ドの風景を偲ぶ詩を二三行書くともなく書きとどめ、新刊の書物の数頁を読むともなく読み終ると、『いやに胸騒ぎがするな』と呟きながら、小机の抽斗から拳銃を取り出したが、傍のソファに悠然と腰を卸してから、胸に銃口を当てて引金を引いた。」之が、かの悪・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・一粒の草花の種子が発芽してから満開するまでの変化を数分の間に完了させることもできる一方では、また、弾丸が銃口を出て行く瞬間にこれに随伴する煙の渦環や音波の影の推移をゆるゆると見物することもできる。眠っているように思っている植物が怪獣のごとく・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・甲板の手すりにもたれて銃口をそろえた船員の群れがいる。「まだ打っちゃいけない。」映画監督のシュネイデロフが叫ぶ。銃砲より先にカメラの射撃が始まるのである。白熊は、自分の毛皮から放射する光線が遠方のカメラのレンズの中に集約されて感光フィルムの・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・ 兵隊が二、三人鉄砲を持ってはいって来た。銃口にはめた真鍮の蓋のようなものを注意して見ているうちに、自分が中学生のとき、エンピール銃に鉛玉を込めて射的をやった事を想い出した。単純に射的をやる道具として見た時に鉄砲は気持のいいものである。・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫