・・・わたくしは唯墨堤の処々に今なお残存している石碑の文字を見る時鵬斎米庵らが書風の支那古今の名家に比して遜色なきが如くなるに反して、東京市中に立てる銅像の製作西洋の市街に見る彫刻に比して遥に劣れるが如き思をなすのみである。江戸旧文化の支那模倣は・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・われらをして、まずこの神聖なる過去の霊場より、不体裁なる種々の記念碑、醜悪なる銅像等凡て新しき時代が建設したる劣等にして不真面目なる美術を駆逐し、そしてわれらをして永久に祖先の残した偉大なる芸術にのみ恍惚たらしめよ。自分は断言する。われらの・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・今でもレーニングラードの冬宮裏の公園へ行くと、濃い菩提樹のしげみのかげに、クルイロフの銅像が立っている。 だが、どうして、いわゆるおとぎ話、必ず教訓的結語をもった短いものがたりが、主としてアレゴリーの形をとられて来たんだろうか? どうも・・・ 宮本百合子 「新たなプロレタリア文学」
・・・菩提樹のなかにロシアのイソップ・クルイロフの銅像がある。ひろい斜面に花や草で模様花壇がつくられていた。赤や緑の唐草模様だ。モスクワ劇場広場の大花壇のように星形でも、鎌と鎚とでもない。 ピーター大帝は曲馬場横の妙な細長い広場で永遠には・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・モスクワでは、東京の銀座のような賑やかな通りトゥウェルスカヤ通りをずっと行って、イズヴェスチア新聞社の高い時計台、詩人プーシキンの雪を冠った銅像の見えるストラスナヤ広場を横ぎる。 間もなく左手に広い前庭をもった黄色い大きな建物がある。小・・・ 宮本百合子 「ロシアの過去を物語る革命博物館を観る」
・・・なんだか、こっちの詞は、子供が銅像に吹矢を射掛けたように、皮膚から弾き戻されてしまうような心持がする。それを見ると、切角青山博士の詞を基礎にして築き上げた楼閣が、覚束なくぐらついて来るので、奥さんは又心配をし出すのであった。 ・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・百済王が始めて釈迦銅像を献じた時、それを見た我々の祖先の著明なる一人は、その「いまだかつて見ざる端厳なる相貌」に歓喜した。そうしてそれが仏教襲来の機縁であった。その後仏教の興隆とともにますます芸術的精練を加えた「偶像」が、いかにわれらの祖先・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫