・・・黄色な草穂はかがやく猫睛石、いちめんのうめばちそうの花びらはかすかな虹を含む乳色の蛋白石、とうやくの葉は碧玉、そのつぼみは紫水晶の美しいさきを持っていました。そしてそれらの中でいちばん立派なのは小さな野ばらの木でした。野ばらの枝は茶色の琥珀・・・ 宮沢賢治 「虹の絵具皿」
・・・恋愛過程を含む或る人の生活とは云えても。人間は生れるときから死ぬまで恋愛ばかりに没頭しているのではありません。又、他人の恋愛問題と自分のそれとは全然個々独立したもので、それぞれ違った価値と内容運命とを持っている筈のものです。恋愛とさえ云えば・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
・・・光線が暗いという上心持の晦渋さをも幾分含む。それには、植込の樹にも大分関係あるらしいことが九州へ来て分った。九州の樹は前にも云う通りすらりと高い。木によって違うだろうが楓なら、坐った高さで先ず若葉ごしの日光を受ける幹が目に入る程よくこみ合い・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
・・・ 大衆の初等教育というのは、文盲打破にはじまって、彼等を楽しませながら教育する文学作品に対する活溌な受容力と批判力の養成を含むものではないであろうか。恐らく生れつき彼自身がひどく文学を愛しているに違いないトポーロフは、そこで、農民のため・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ おととしの十二月二十日すぎに、巣鴨から釈放されて、社会生活にまぎれこんで来た児玉誉士夫、安倍源基らの人々の氏名経歴を思い出して見れば、それにつづく一九四九年の権力が、そのかげにどんな要素をよりつよく含むようになったかということはおのずから・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・清司や与作を含むA村の農民の生活にとって、こういうさまざまのいりくんだ関係はどんなに日常の制約となっているか、米作と炭やきと日雇稼ぎとはA村の全生活でどういう組合せになっているかというようなことが、じっくりと全篇の基調としてとりあげられたな・・・ 宮本百合子 「作家への課題」
・・・今日、大多数の若い人々が、男女にかかわらずそれぞれの恋愛について、私的なことであるが又公的なことでもあるとする一つの公開的態度をもって対する根本には、上述のように、恋愛の含む広い複雑な社会性の意識がいつとなく作用しているからである。 若・・・ 宮本百合子 「成長意慾としての恋愛」
・・・そこで、感覚と新感覚との相違であるが、新感覚は、その触発体としての客観が純粋客観のみならず、一切の形式的仮象をも含み意識一般の孰れの表象内容をも含む統一体としての主観的客観から触発された感性的認識の質料の表徴であり、してその触発された感性的・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・第二巻は『東洋に対する鑑識の性質と価値』その他の諸篇、第三巻は『茶の書』を含むはずであるという。岡倉先生の主要著作が英文であったため在来日本の読者に比較的縁遠かったことは、岡倉先生を知る者が皆遺憾としたところであった。今その障害を除いて先生・・・ 和辻哲郎 「岡倉先生の思い出」
・・・それは我々の感覚に訴えるすべての要素を含むとともに、またその奥に活躍している「生」そのものをも含んでいる。 たとえば私がカサカサした枯れ芝生の上に仰臥して光明遍照の蒼空を見上げる。その蒼い、極度に新鮮な光と色との内に無限と永遠が現われて・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
出典:青空文庫