・・・もし足はどうなってもいい、靴さえ減らなければいいというのならば、いっその事全部鋼鉄製の靴をはけばいいわけである。 はきごこち、踏みごこちの柔らかであるということは、結局磨滅しやすいということと同じことになるのではないか。靴底と地面との衝・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・ 音波によって起こされた電流の変化を、電磁石によって鋼鉄の針金の付磁の変化に翻訳して記録し、随時にそれを音として再現する装置もすでに発見されて、現にわが国にも一台ぐらいは来ているはずである。これならば任意に長い記録を作る事も理論上可能な・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・王は将軍のビオルン(熊に「鋼鉄のかみつけないこの犬はお前が仕止めてくれ」と言った。ビオルンは斧をふるってその背を鎚にして敵の肩を打つとフンドはよろめいて倒れんとした。トールスタイン・クナーレスメドは斧で王を撃って左のひざの上を切り込んだ。…・・・ 寺田寅彦 「春寒」
・・・繋ぎ合せて肩を蔽える鋼鉄の延板の、尤も外に向えるが二つに折れて肉に入る。吾がうちし太刀先は巨人の盾を斜に斫って戞と鳴るのみ。……」ウィリアムは急に眼を転じて盾の方を見る。彼の四世の祖が打ち込んだ刀痕は歴然と残っている。ウィリアムは又読み続け・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・全体が鋼鉄製で所々に象嵌がある。もっとも驚くのはその偉大な事である。かかる甲冑を着けたものは少なくとも身の丈七尺くらいの大男でなくてはならぬ。余が感服してこの甲冑を眺めているとコトリコトリと足音がして余の傍へ歩いて来るものがある。振り向いて・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・そこで鋼鉄の弾丸と一緒になって、細く細く、はげしい音に呪の声を叫びながら、砕かれました。そうして焼かれて、立派にセメントとなりました。 骨も、肉も、魂も、粉々になりました。私の恋人の一切はセメントになってしまいました。残ったものはこの仕・・・ 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
・・・私たちは新らしい鋼鉄の三本鍬一本と、ものさしや新聞紙などを持って出て行きました。海岸の入口に来てみますと水はひどく濁っていましたし、雨も少し降りそうでした。雲が大へんけわしかったのです。救助係に私は今日は少しのお礼をしようと思ってその支度も・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・素敵に灼きをかけられてよく研かれた鋼鉄製の天の野原に銀河の水は音なく流れ、鋼玉の小砂利も光り岸の砂も一つぶずつ数えられたのです。 またその桔梗いろの冷たい天盤には金剛石の劈開片や青宝玉の尖った粒やあるいはまるでけむりの草のたねほどの黄水・・・ 宮沢賢治 「インドラの網」
・・・せなかや胸に鋼鉄のはり金がはいっているせいか飛びようがなんだか少し変でした。 王子たちはそのあとをついて行きました。 * にわかにあたりがあかるくなりました。 今までポシャポシャやっていた雨が急に大粒になってざあ・・・ 宮沢賢治 「虹の絵具皿」
・・・徳永氏が傑れたものとしてあげている『中央公論』六月号のスペイン戦線からの作家たちのルポルタージュ、又はオストロフスキーの小説「鋼鉄はいかに鍛えられたか」などこそは、決して「物が人を動かす」理論からだけで出来得るものではないのである。 ル・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
出典:青空文庫