・・・を万葉調の長歌にかいていられる。これらすべては、明日になって日本文学史の上に顧みれば、日本文学の弱い部分をなすものであり、各作家の秀抜ならざる作品の典型となるものなのである。いろいろな芸術家が、今日の風雲に応じて題材をとること、テーマを選ぶ・・・ 宮本百合子 「祭日ならざる日々」
・・・私は、彼方此方捜して見た。長唄はあるが謡は無い。祖母はもう聴かれるものと思い、わざわざ椅子の上に坐って待ちかまえている。私は、素気なくありませんと云えなくなった。仕方なく、度胸を据えて、長唄の石橋をかけた。祖母は、それとは知らず、掛声諸共鼓・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・ 勧進帳という長唄をはじめてきいたとき、富樫の左衛門という文句があるので子供たちは、大変おどろいた。あのはつの富樫と同じ名だったから、左衛門とはどういうことだろうかときょろきょろした。 こんなことは、みんな父がイギリスに行っている留・・・ 宮本百合子 「道灌山」
・・・ 淋しかったし、つけ元気で、道玄坂の長唄氷まで出かけたという有様です。そこで水瓜をたべ、引茶氷というの、お文公の発起でとったが、この引茶は不味。半分もたべなかった。それから角の本やによって、第一書房のをとって、来月の『アララギ』を一冊とらせ・・・ 宮本百合子 「日記・書簡」
・・・ポツンと話のとぎれた私達はあの女と云う字をジーッと見つめて居たが、いつだったか長唄をならってるってきいたんでそれを思い出して、「貴方三味線きかせて下さいナ、下に居るあのまっくろな猫もつれて来て……」と云った。「いつきいたんです……エ・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・同じ面がもし長唄で踊る肢体を獲得したならば、さらにまた全然別の面になってしまうであろう。 以上の考察から我々は次のように言うことができる。面は元来人体から肢体や頭を抜き去ってただ顔面だけを残したものである。しかるにその面は再び肢体を獲得・・・ 和辻哲郎 「面とペルソナ」
出典:青空文庫