・・・これを指しては、背低の大隊長殿が占領々々と叫いた通り、此処を占領したのであってみれば、これは敗北したのではない。それなら何故俺の始末をしなかったろう? 此処は明放しの濶とした処、見えぬことはない筈。それに此処でこうして転がっているのは俺ばか・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・「大隊長殿、中佐殿がおよびです。」 副官が云った。 耳のさきで風が鳴っていた。イワン・ペトロウイチは速力をゆるめた。彼の口ひげから眉にまで、白砂糖のような霜がまぶれついていた。「近松少佐! あの左手の山の麓に群がって居るのは何か・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・――大隊長殿あんなことをしてもいいんですか!」 でぶでぶ腹の大隊長の顔には、答えの代りに、冷笑が浮んだばかりだった。 谷間や、向うの傾斜面には、茶色の鬚を持っている男が、こっちでパッと発火の煙が上ると同時に、バタバタ倒れた。「今・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・「看護長殿、福地、なんぼ恩給がつきます?」 栗本には思いがけないことだった。彼は開けさしの袋をベッドにおいたまゝボンやりしていた。「お前階級は何だい?」 恩給がほしさに、すべてを軍隊で忍耐している。そんな看護長だった。恩給の・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・折敷さえ満足に出来ず、分会長には叱られ、面白くなくなって来て、おれはこんな場所ではこのように、へまであるが、出るところへ出れば相当の男なんだ、という事を示そうとして、ぎゅっと口を引締めて眥を決し、分会長殿を睨んでやったが、一向にききめがなく・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・「中隊長殿! 誓って責務を遂行します。」 と、漢語調の軍隊言葉で、如何にも日本軍人らしく、彼は勇ましい返事をした。そして先頭に進んで行き、敵の守備兵が固めている、玄武門に近づいて行った。彼の受けた命令は、その玄武門に火薬を装置し、爆・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・死亡承諾書、私儀永々御恩顧の次第に有之候儘、御都合により、何時にても死亡仕るべく候年月日フランドン畜舎内、ヨークシャイヤ、フランドン農学校長殿 とこれだけのことだがね、」校長はもう云い出したので、一瀉千里にまくしかけた。「つまりお前はど・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
出典:青空文庫